第1章 無口な忍と海賊の親分
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「アニキー!アニキー!」
「………」
どこからか聞こえてくる声に、この屋敷の主である長曾我部元親はうんざりとした表情を見せた。
(…ったくどいつもこいつも…朝ぐらい静かに出来ねぇのか)
昼夜問わず自分を呼ぶ声が聞こえるのは、男所帯であるこの屋敷では日常茶飯事である。
ここ最近は各地での戦も落ち着いているというのに、今度は一体何があったというのか。
「失礼します!」
部屋に入ってきたのは、この軍で最年少の颯(ハヤテ)。
年はまだ15だったが、3年前に起こった戦で両親を失くし、ある縁で元親が面倒を見る事になった。
すぐに元親を慕うようになった彼は、この屋敷で小間使いのような事をしている。
「何だよ、こんな朝早く」
「たたた大変です!おおお女の人が…!」
「おいおい、少し落ち着けって。女がどうした」
この屋敷に女は1人もいない。
端から見れば荒くれ者の集まりだ。
それなのに女の姿があるという事は、町から来た者か、はたまた他国からの使者か…
「屋敷の玄関を掃除しようと思って行ってみたら、女の人が倒れてて…!」
それからこんな文が…!
そう言われて手渡された紙には、達筆な文字で一言だけ綴られていた。
『女の世話を頼む』
颯の話を聞いて玄関へ向かうと、そこには彼の言った通り1人の少女が倒れていた。
見た事もない衣服を纏ったその少女。
「なかなか可愛い顔してんじゃねぇか」
「アニキ、そんな事言ってる場合じゃないですよ!どうするんですかこの人!」
「うーん…」
確かにこのままここに放置しておく訳にはいかない。
かと言って、この少女が他国の間者だとしたら…
「考えたって仕方ねぇ、とりあえず中に運ぶぜ」
そう言って元親は軽々と少女を抱き上げた。
「俺もこの人の事は心配ですけど…こんな簡単に屋敷の中に入れちゃっていいんですか?」
颯も他国の間者だという可能性を考えたのだろう。
不安そうな表情で元親を見上げる。
「確かにこの娘が何者なのかは分かんねぇ。けど困ってる人間を放っておく訳にはいかねぇだろ?」
「…!」
そう言ってニッと笑う元親の懐の深さに、颯は改めて感動を覚えるのだった…
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