第9章 What if you get scared I'll …
君が、泣きながら兵舎に戻ってきたのは、数か月前のことだ。
分隊長として部下を叱咤激励し、壁外に出れば、最前列で恐怖に屈せずに戦う強く凛々しい君が、あの日、明るく無邪気で天使のような美しい笑顔をアイツに壊されて帰ってきたのだ。
最愛の恋人の裏切りと呆気ない終わりに絶望した君は、取り繕うことも出来ないほどに傷つき、心配する友人達の声すら聞こえないまま部屋に駆け込んだ。
そんな痛々しい姿を目の当たりにさせられて、俺が平気でいられるわけがない。
俺がどれほど怒り、悲しみ、悔しく思ったか、君は知らないだろう。
あれから俺は、出来る限りの時間を、君のそばで過ごした。
虚ろな瞳で、もう何も信じられないと無言で語る君を、独りになんか出来なかったんだ。
素直じゃない俺には、気の利いた言葉を言ってやれるような器用なところはない。
だから、本当にただ、そばにいただけだった。
でも、君にとっては、今までと何も変わらない日々に思えたことだろう。
無理やり用を作っては君の部屋を訪れて、紅茶を飲みながら時間を潰した。
非番の日には、外へ連れ出した。
欺瞞だらけの世界の空気を、綺麗だなんて言わないさ。
でも、部屋にこもって、アイツとの想い出に浸って泣くよりは、有意義な時間を過ごせたはずだ。
そうしているうちに、君は少しずつ、本来の君らしさを取り戻していった。
アイツに出逢ってから、無理して、背伸びして覚えた言葉遣いだってなくなって、キツいアイメイクもしなくなった。
真っ赤な口紅も、ゴミ箱の中で転がっているのを見つけた。
今の君は、柔らかい表情で俺達調査兵の傷を癒していた頃の君に似ている。