第6章 相変わらず【リヴァイ】
涙を拭ってリビングに戻った頃には、ティーカップの破片はすべて片付けられていた。
私が持って行ったタオルで零れた紅茶を拭いたリヴァイは、送っていくと言って、棚の上から鍵をとる。
「いいよ。」
「いいから。」
「でも、」
「昼飯食ってねぇから、コンビニで弁当買う。
そのついでだ。」
「…分かった。」
何も言えなくなってしまって、私はリヴァイの後ろから玄関を出た。
マンションのエントランスを抜けて通りに出ると、夏を過ぎたというのにまだ熱い日差しがアスファルトをジリジリと照らしていた。
一緒に何度も通った狭い通り。
隣を歩く勇気も権利もなくて、私はリヴァイの少し斜め後ろを歩いた。
当然のように繋いでいた華奢で細い手は、すぐそこにあるのに、今ではすごく遠い。
そういえば、私達はどうして別れてしまったんだっけ。
思い返してみても、特別な理由なんて思いつかない。
たぶん、電池切れの時計みたいに徐々にズレて行って、最終的に取り返しがつかなくなったのだ。
電池を取り返れば、また時計の針は動き出すのを知っていたけれど、私は、時計がズレていたっていいから、リヴァイのそばにいたかった。
たとえば、明白な理由があれば、解決策だってあって、私達は乗り越えられたかもしれない。
でも、好きという気持ちが蜃気楼みたいに色褪せてしまって、やり直すきっかけなんてもう、見つからない。
最初から、きっとない
私は、少し早足になる。
隣に並ぶと、リヴァイがチラリと私の方を見た。
「貸せ。持ってやる。」
リヴァイが、私の持っている黒いトートバッグを顎で指す。
「いいよ、そんなに重たいものでもないし。」
「いいから貸せ。」
強引に押しつけるように言って、リヴァイが私の手から黒いトートバッグを乱暴に奪う。
だから、空っぽになった右手が、急に寂しくなった。
リヴァイは、黒いトートバッグを右肩にかけると、寂しがりの私の右手を握った。
驚いてリヴァイを見たけれど、前だけを見ている切れ長の瞳と視線が合うことはなかった。
(相変わらず、冷たい手だな。)
少し目を伏せて、リヴァイのマンションから離れるためだけに歩みを進める靴の先を眺めた。
見慣れた通りを手を繋いで歩いたのは、何度目だろう。
覚えていないくらいに何の変哲もない日の方がきっと多くて、私はきっともう二度と思い出せない。