第8章 scene2:ハートのバスタブ
ハート型のバスタブを満たす泡を、手でそっと掬ってみる。
柔らかな泡は、まるでしっかり泡立てたメレンゲみたいにふんわりしていて、鼻を近付けて匂いを嗅いでみると、ほんのり酸っぱさを含んだイチゴミルクの匂いがする。
「うわぁ、食べちゃいたい♡」
僕が言うと、NINOはちょっと驚いた顔をして、
「HIMEちゃんて面白いことを言うのね?」
って笑った。
僕…、変なこと言ったかしら?
でも本当にそう思ったんだも、美味しそう…って。
「入りましょ?」
「う、うん…」
バスタブのヘリに座って、足の爪先をちょっとだけ泡の中に入れてみるけど…
あれ…?
「どうしたの?」
「あの…ね、怖くて…」
「え?(笑)」
“智”の時なら、こんなこと絶対にありえないんだけど、“HIME”になった途端、バスタブから溢れる泡々で底が見えないことに、恐怖を感じてしまう。
あ、別に可愛子ちゃんぶってるわけじゃないのよ?
ホントよ、信じて?
「くく、しょうがない子ね? ほら、これならどう?」
爪先から先に足を入れられない僕を横目に、NINOが勢い良くバスタブの中に飛び込む。
そんなことしたら、すってんころりんしちゃうかもしれないのに…
危ないのに…
なのに、
「ね、大丈夫だったでしょ?」
NINOは平然とした顔で僕に両手を差し出して来る。
僕はNINOがすってんころりんしなかったことへの安堵と、思ったよりもずっと泡々が浅かったことへの安心感から、NINOが差し伸べてくれた両手を握ると、エイッとばかりに泡々の中に飛び込んだ。
「うわぁ…」
「くく、どう? 気持ち良いでしょ?」
「うん! 何だか…そうね、フワフワのコットンキャンディーに包まれてるみたい♪」
甘くて、ちょっぴり酸っぱいイチゴミルク味のコットンキャンディーに♪