第6章 scene2:ファッションホテル
「ああ、それなんだけど…」
そう言って、長瀬さんが後ろを振り返ることなく僕にファイルを差し出した。
僕は受け取ったファイルをパラパラと捲ると、いつもは滅多に目にすることのない企画書に目を走らせた。
あ、”目にしない”ってのは、僕が直前まで相手役のことは知りたくないからで、長瀬さんもそれを知っているから、毎回のように僕が相手役の男優さんが誰かを聞いても、あえて答えることはしない。
だからこうして企画書入りのファイルを渡してくれるってのは、とっても珍しいことで…
それだけでも僕にとってはちょっとした驚きなのに、企画書の中…”Cast”と所に書かれた”NINO”の四文字に、僕は目ん玉が落っこちるんじゃないかってくらいに目を見開いた。
「え、ねぇ、これって何かの間違いじゃない? だって…」
”NINO”って言ったら、僕と同じく”男の娘”で、”そっち”の世界では、僕なんか足元にも及ばないくらいのアイドル的存在だよ?
しかもだよ?
NINOはネコ専…所謂“ウケ専門”でもあるし…
きっと何かの間違いだ。
僕の目には入らないだけで、どこかに他の人の名前が…
僕は目をガシガシッと擦ると、目を凝らして再び企画書に目を通した。
隅から隅まで、しっかりと。
でもどこにも“NINO”以外の名前はなくて…
「あの…さ、確認なんだけど…。これって、僕がNINOを…ってわけじゃない…よね?」
「は? お前バカか? んなわけないだろ…」
バ、バカは酷くない?
男優さんの中には、どっちもイける人がいるのは知ってたし、実際どっちの気持ちも分かるから、より相手のことを気持ちよく出来るんだって言われたこともある。
ただ、僕に関して言えば…“そっちの経験”が無さ過ぎて良く分かんないんだけど…
だからひょっとして…と思って聞いてみたんだけどな…