第29章 日常14:はじめの一歩
翌朝、翔くんのスマホのアラームに叩き起された僕は、隣でいびきをかいて眠る翔くんを起こさないよう、そーっとベッドを抜け出ると、机の引き出しに仕舞ってあった手鏡を取り出し、自分のお顔を写した。
HIMEになることを辞めてから、自分のお顔をじっくり鏡で見ることなんてなかったから、ちょっぴり変な感じではあったけどね?(笑)
僕は鏡を手に、何度も角度を変えながら、お顔のあちこちを細かにチェックした。
でも…
お顔のどこを探しても、殴られたようなアザはなくて…
「何だ…、残念…」
ガッカリして肩を落とした丁度その時、ギシッとベッドが軋む音がして…
「何…してんの?」
寝起きのせいか、ちょっぴり掠れた声で翔くんが言った。
「あのね、翔くんに殴られた痕探してんだけど、どこにも無いの…」
「何で?」
「だって、アザ出来てなかったら、翔くん責任取ってくんないんでしょ?」
だから探してるんだけど、どこにも無いの…
はあ…、と深い溜息を落とし、手鏡を引き出しに仕舞った。
すると翔くんがベッドに寝転がったまま、
「おはようのキスは?」
って言いながら両手を広げた。
僕はベッドの端っこにチョコンと腰を下ろすと、翔くんの腕に引き寄せられるまま、ゆっくりと距離を縮め、
「おはよう、翔くん♡」
ムゥ〜ッと突き出した唇に、チュッとキスをした。
キスなんて慣れてる筈なのに、何だか照れくさく感じるのは、きっと今までこんな風にキスをしたことがないからなんだと思う。
だって今までのキスは、勿論好きって気持ちはあっても、あくまでお仕事の延長線上であって、翔くんに対する“好き”とは感情の種類が違う。
翔くんとのキスは、唇が触れただけで胸がドキドキして、熱くなって、そんで凄く幸せな気分になれるの。
こんな気持ちになったの、多分初めてかもしれない。
「ねぇ、翔くんからもして?」
「ん?」
「おはようのキス、して?」
そしたらもっと、もーっと翔くんのこと好きになるから。