第29章 日常14:はじめの一歩
翔くんが、額が床に着くくらい、深く頭を下げる。
慌てた僕は咄嗟に翔くんの頭を上げさせようとするけど、翔くんの頭は岩のように重くて…
「ね、ねぇ、何してんの? 頭上げてよ…」
肩を押すけど、やっぱりピクリともしなくて…
そしたら翔くん、コホンと一つ咳払いをしてから、
「お父さん、お母さん、智くんとの交際を許可して貰えないでしょうか」って…
いつものふざけた感じでもなく、かと言って怒ってる風でもなくて、その声だけで翔くんが冗談とかでなく、真剣なんだってことが伝わって来る。
「翔くん…」
「ごめんね、何の相談もなく…」
ううん…、そりゃいきなりだったから、ちょっとビックリしちゃったけど、翔くんがそこまで僕のことを想ってくれてるんだって思ったら、凄く嬉しかった。
僕は翔くんの横に並んで、翔くんと同じように三指を着いて、額を床に擦り付けた。
「父ちゃん、母ちゃん、僕ね、ずっと隠してたけど、僕女の子より男の子の方が好きで…、それで…、えっと…」
何て言えば良いんだろう…
父ちゃんや母ちゃんにしたら、息子がゲイだってこと知っただけでも相当なショックな筈なのに、その上ゲイビに出てました…なんて、とても言えない。
そんなこと言ったら、今度こそ本気で二人とも病院送りになってしまう。
言葉に詰まったまま、僕が黙っていると、翔くんがそっと僕の手を握ってくれた。
何か…、頑張れって言ってくれてるみたいで、ほんの少しずつだけど、勇気が湧いて来る。
僕はこっそり深呼吸をした。
そして、
「そ、それでね、僕ね…、翔くんとね…」
言いかけた時だった、それまでずっと両腕を組んだまま、難しいお顔をして無言を貫いていた父ちゃんが、
「櫻井くん…って言ったか?」
「はい…」
「こんな出来損ないの息子だが、宜しく頼む」
両足をガバッと開いて、膝の上に固く握った拳を載せると、翔くんに向かって頭を下げた。
「えと…、と、父ちゃ…ん…?」
僕はイマイチ何が起きてるのか分からなくて、戸惑いの目を母ちゃんに向けた。