第28章 日常13:夢なら醒めないで…
翔くんに抱きしめられたまま、暫くの間ずっと動けずにいた。
ふと外を見ると、さっきまでバケツをひっくり返したみたく降っていた雨はすっかり止んでいて、ジリジリと肌を焼くような日差しが戻っていた。
すると、雨が降っている間、屋内作業をしていた職人さん達がゾロゾロと外へ出て来て…
一瞬、翔くんの身体がビクンと跳ねたかと思うと、僕の手の中から翔くんの手がスルッと引き抜かれた。
そして僕の胸を締め付けていた腕も、同じようにスルッと解かれた。
「あの…さ、どこかゆっくり話せる場所って無いかな…」
「話せる場所って…、この辺何も無いから…」
街中と違って、コンビニに行くのだって、自転車使って10分はかかるような田舎町だ。
一雄喫茶店はあるけど、僕達若者が好んで行くような感じの店でもないし、お洒落なカフェなんてどこにもない。
「僕の家なら…」
…って言っても、現場からは自転車で15分はかかるんだけど、落ち着いて話せる場所って言ったら、それくらいしか思いつかない。
「うん、智くんさえ良ければ…」
あ…、その響き…
翔くんだけがする、僕の名前を呼ぶ時の独特な発音…
最初はちょっと違和感しか感じなかったけど、何度も呼ばれるうちに、僕はそう呼ばれるのが好きになっていた。
特別…になれたようで、嬉しかったんだ。
「じゃあ…、ちょっと距離あるけど、行こうか…」
翔くんが頷いたのを確認して、僕達は漸く軒下から太陽の下へと出た。
その時、
「おい、智」
頭上から呼ぶ声に、僕は手を翳しながら見上げた。
「なに…?」
「車、乗ってけ」
え、でも…
「僕、免許持ってないけど…」
「ばっかやろう、誰がおめぇに運転しろっつったよ…」
え、でも、じゃあ誰が…?
僕が首を傾げると、父ちゃんは僕の隣に立つ翔くんを指で差して、
「おい、あんちゃん、車運転出来んだろ?」
車のキーを投げて寄越した。
ってゆーか、“あんちゃん”てさ、今時言う?(笑)