第27章 日常12:僕、さよなら…、だよ
「あの…、本当にありがとうございました…」
車を降りた僕は、運転席に座る松本さんに向かって深々と頭を下げた。
松本さんがいなかったら、きっと今頃僕は、人目をはばからず大声で泣いてたかもしれない。
「とりあえず帰るから、何があれば遠慮なく連絡して来い」
「はい…、あ、和には…」
きっと和も心配してる筈だ。
「ああ、俺から話しておくから、お前は余計な心配するな」
「お願いします。じゃ…、僕、行きます」
もう一度松本さんにお礼を言った僕は、後ろを振り返ることもなく、正面の玄関から建物の中に入った。
エレベーターを待つ間、母ちゃんが残したメモにもう一度目を通し、階数を確認した僕は、丁度タイミング良くドアの開いたエレベーターに乗り込んだ。
ほのかに鼻を掠める病院独特の匂いに、緊張感が余計に増して、階段を使うよりは確実に早い筈のエレベーターにさえ、もどかしさを感じた。
そしてエレベーターが目的の階に着き、ドアが自動で開いた瞬間、僕は天井から吊られた案内を頼りに、走り出した。
病院の廊下は走っちゃダメ、って子供の頃に母ちゃんに何度も言われたのを思い出したけど、今はそれどころじゃなかった。
一刻も早く父ちゃんの元へと行きたかった。
あんなに嫌ってたのに…
職人気質なせいか、またらと頑固で、僕や姉ちゃんの運動会にだって一度も来たことないし、お酒を飲めば仕事の愚痴ばっか言って….、そのうち勝手に寝ちゃって…
いっつも母ちゃんを困らせてばっかだった父ちゃんのことが、僕は大嫌いだった。
僕が女の子じゃなく、男の子が好きだって言った時だって、僕は死ぬ覚悟でカミングアウトしたのに、父ちゃんは全然相手にしてくれないどころか、僕を汚い物でも見るように見ただけで…
本当はさ、認めてくれなくても…、殴られるのは…ちょっと嫌だけど、僕のことをちゃんと見て欲しかった。
…って、今更言ってももう手遅れなんだろうけど…