第25章 scene5:チャペル
「本番始めまーす」
チャペル内に一際大きな声が響いたのを、僕はチャペルの入口…扉の外で聞いていた。
城島さんは相変わらず緊張の解けない状態らしく、自分の足元を確認しては、
「あ、ああ、右足はどっちやったかなぁ…」
と何度も首を捻っている。
そうだよね…
いくら成り行きとは言え、ただの運転手だった城島さんが、お顔こそ映らないにしろ、突然の俳優さんデビューだもん。
緊張しないわけがないよね?
僕は城島さんの腕に自分の腕を絡めると、そんなに身長差のない城島さんを上目遣いで見上げ、
「よろしくね、”お父さん”♡」
とウィンクを一つ送った。
すると城島さんは、一瞬照れたようにお顔を赤くしたものの、コホンと一つ咳払いをしてから、任せとけとばかりに胸を張った。
ふふ、城島さんて面白~い(笑)
なんて笑ってられたのはそこまで。
目の前にある両開きの扉が開き始めた瞬間、まるで津波のように押し寄せて来る緊張感を鎮めようと、僕は静かに瞼を閉じた。
僕はHIME…
ゲイビ界に彗星の如く現れた”男の娘”アイドル、HIME…
でもそう呼ばれるのも、きっと今日が最後。
明日になったら…、ううん、この撮影が終わったら、僕はどこにでもいるような、平凡な”男の子”…”智”に戻るんだ。
そしたらさ、もう自分自身に魔法をかけることもなくなるだろうし…
ちょっぴり寂しいけどね?
でもさ、誰に言われたわけでもなく、自分自身で決めたことだもん。
自分で決めたことに後悔はないし、この先だって後悔はしたくない。
だから…
だからこそ悔いが残らないようにしなきゃ…
僕は吸い込んだ息を吐き出すと同時に、閉じていた瞼をパチッと開いた。
そして、沢山のお花で飾られた真っ赤な絨毯の先で、僕を待つ愛しい人に視線を向けた。
パイプオルガンが奏でる重厚で、それでいてどこか温かみを感じさせるような音色に誘われるように、僕は一歩、また一歩と足を進めた。