第21章 日常9:耳を塞げば…
「な、何すっ…」
「お口…拭いて?」
僕が言うと、翔くんは凄く驚いたお顔をしていて…
「ね、早く…」
更に急かすように言うと、翔くんは僕の手をパッと掴んだ。
「別にいいよ、拭かなくたって…」
「で、でも…」
嫌じゃないの…?
僕と…
僕なんかと、事故とは言えキスしちゃったのに?
「ファースト…キス、なんでしょ?」
だってファーストキスだもん、本当に好きな人としたいと思うのが普通だもん。
なのに相手が“僕”とかさ、翔くんは嫌じゃないの?
「あの…さ、別にファーストキスとかじゃねぇし…」
え…?
で、でもさっき童貞だって…
「た、確かに…っ、セックスは…したことないけど、キスっつーか、直前までならあるから…」
「あっ…」
そっか、そうだよね?
童貞だからって、何もかもが初めてってわけ…ないじゃんね?
ああもお…、僕ってば早とちりし過ぎ!
「それにさ、仮にファーストキスだったとしてさ、相手が智くんなら別に良いかなって…」
ねぇ、それって…
「だからさ、拭くとか?しなくて良いから」
可能性“アリ”ってこと?
ねぇ、僕、本気で勘違いしちゃうけど、良いの?
「うん…。でも、ごめんね?」
「だーから、お互い様なんだから謝んなって…。つか、時間!」
えっ…?
「あ、急がないと…」
翔くんの家からバイト先までは、自転車かっ飛ばしても15分はかかる。
ってことは、もう出ない間に合わないじゃん!
でもどうしよう…
「ねぇ、パウンドケーキ…お持ち帰りしても良い?」
おにぎりは自転車漕ぎながらでも食べれるけど、流石にパウンドケーキは無理。
でもせっかく翔くんのお母さんが、僕のためにって焼いてくれたんだもん、どうしても食べたい。
「いいけど…、つか、俺が後から持って行こうか?」
そっか、翔くんの出勤時間は七時だったっけ?
だったら…
「お願いして良い?」
「おう、任せとけ(笑)」
ふふ、良かったぁ♪