第21章 日常9:耳を塞げば…
翔くんのお母さんが作ってくれたおにぎりを手に、自転車のペダルを漕ぐ。
塩だけのおにぎりは、ちょっぴり塩加減強めだけど、すっごく美味しくて…
「んふ、おいひぃ♡」
自転車を漕ぎながら、ほっぺたが落っこちそうになる。
もっとゆっくり味わいたかったな…、なんて思うけど仕方ないよね?
だって事故…起きちゃったんだもん。
それにしても翔くんの唇…
僕は口の周りに付いた米粒を取るフリをして、そっと自分の唇を指で撫でた。
「柔らかかったな…」
勿論、事故みたいなもんだったから、ジックリ感触を… ってわけにはいかなかったけど、それでも翔くんの唇の柔らかさだけはハッキリと分かった。
それに、ほんのちょっとだけど、甘かったような気が…
って、ああ〜んもぉ…、僕ちょっと興奮し過ぎ?
だってさ、嬉しかったんだもん♪
事故とは言え翔くんとキス出来たこともそうなんだけど?何より、翔くんが嫌じゃないって言ってくれたことが、凄く嬉しかったんだ。
“智くんだから…”って言ってくれたしね?
それってさ、僕じゃなかったら、もしかしたら嫌だったかも…ってことでしょ?
…って、僕、都合良く考え過ぎ?
分かってるよ?
勝手に喜んで、勝手に勘違いしてさ、後々傷付いたりするかもしんないってことも…ちゃんと分かってる。
今までだって、似たようなこと何度もあったもん。
その度に凹んで、落ち込んで…傷付いたりもしたよ?
でもさ、今だけは勘違いしたって良いよね?
僕は自転車を駐輪場に停めると、いつもよりも軽い足取りで階段を駆け上がった。
「おはようございま〜す♪」
いつもより元気にご挨拶をして、いつもと同じようにエプロンをしてカウンターに立って…
「どうした? 今日やけにニヤニヤしてるぞ?」
店長さんに不審がられたって気にしない!
だって僕、今すっごく幸せなんだもん♪
あ、言っとくけど、翔くんとキス出来たから、じゃないからね?
それにしても…
なんだか想像してた以上に濃厚?濃密?な二日間だったな…
僕、ちょっぴり疲れちゃったよ(笑)
『耳を塞げば…』ー完ー