第10章 楽園事件:1
「とくに変わったところはなさそうだけど…」
唐之杜は遠隔でドローンを操作してスキャンを続ける。次のデータを待ちながら歩みを進めていると宜野座の頭にふわりと何かが舞い降りた。それは本人が気がつかないほど軽く小さな物だった。
「宜野座さん、頭にゴミつきましたよ。」
「なにっ!」
慌てて髪を払うとそれはふわりふわりとゆっくり落ちていった。拾い上げると白く細い毛のような物が束になっている。
「羽毛か?」
「うえっ!早く捨ててくださいよそんなもの!!」
本物はどんな病気を持っているか分からないと野生の生き物との接触を嫌う人は多い。だが宜野座は先程聞いた声の主の物と思い羽毛をスキャンする。何を無駄なことをしているのかと後輩から叱責が飛んできた。
だが出力されたデータに宜野座は言葉を失う。そこに映ったのは鳥ではなかったことと、対象と初対面ではなかったことに対してだ。
「?誰ですか?」
霜月がデータを覗いて名前を読み上げる。昔の事が蘇ってきた。無表情で不気味な少女とそれを大切にしていた親友の顔が。
「昔、公安局で保護していたことがある人物だ。理由あって監視官の一人が預かっていたんだが突然逃げ出してそのままだった。」
「それとこの羽根になんの関係が?」
狡噛が逃走したとき、彼が独自で調べていた資料が引き継がれた。殆どは常守にだが、ごく一部のものは宜野座の手に渡った。その中にの資料はあった。まるで架空の内容を記したようで、しかもまとまりがない。なくなった臓器、不明の手術歴、脊髄に埋め込まれた装置、とても大きな鳥の羽根。チベット・ヒマラヤ近辺に生息するイヌワシのことも。何を追いたいのか分からないほどめちゃくちゃだった。
それが今宜野座には理解できそうな気がしていた。
ピィーッとまた大きな声が響く。先程よりも近い。確か資料には狩猟についても記載があった。イヌワシは急降下して獲物を捉え、頭を狙ってきて力尽きるまで離さないと。宜野座が上を見上げ時にはすでに空が陰っていた。
「危ないっ!!」
霜月の腕を引いて身をかがめると、上から突風に吹かれた。影は羽音と共に急上昇して降りてこなかった。何が襲ってきたのかは分からない。それがもし鳥なのだとしたらとても大きな影だった。言うならば軍用戦闘機並に。