第21章 理想郷を求めて
は日本を出てアジア大陸に入ると、海沿いに西へ向かいヨーロッパの方まで飛んだらしい。
「たくさん見ました。色んな国の色んな人、伝統、話。」
「外国語なんて聞き取れたのか?」
「その地域に済む鳥達に教えてもらいました。」
「……。」
そっちの方が理解に苦しむが。ベールクトでいると思考が人から離れていき、より本来のベールクトに近づいていったようだ。その中でも人としての記憶はある。時々日本にいたころも思い出しながら、飛び続ける内に狡噛のことをまさに風の噂で聞いたらしい。それから見つけるまで時間はかからなかったという。
「またなんで日本を出ようなんて思ったんだ?」
「私には狭かったから。」
「言うなあ。」
「世界は他にも広がっているのに、あらゆるものがシビュラに監視されたあの国を選ぶ理由が私にはありませんでした。だから自分なりの生き方を探してみようと思ったんです。」
「そうか。見つかったか?」
「どうでしょうか。」
は苦笑していた。その意味は狡噛もよくわかる。探しても探してもよく分からないのだ。ただただ、その場で生きていく。それしかない。は大岩に寄りかかって遠くを見つめていた。その隣に寄り添ってみると、昔の気持ちが蘇る。年月と共に二人は大きく変化したが、心内はどうだろうか。
「それ、臭いからやめてください。」
「ん?」
気がつくと煙草の2本目を箱から出しかけていた。無意識とは恐ろしいもので習慣にしているとついついやってしまう。
「すまん。」
「この国、禁煙ですよね。」
「密告するなよ。」
「どうしようかな。」
淡々と言う彼女の肩を軽く叩いた。いつの間にそんな冗談がいえるようになったのだろう。昔のでは考えられなかった。
夜風が草木を揺らす音だけが聞こえる。静かだ。そうだ、あの頃はこの沈黙が苦手だったが今は心地良いと感じる。久しぶりに会いたい人の一人が隣にいるおかげなのかもしれない。小柄で華奢なところなんてそのままだ。シャツの袖から少し出ている細く白い指を手に取って軽く握った。冷たい。は静かに顔を向けて琥珀色の瞳で見つめてきた。この目はベールクトになっても変らない。神秘的な色にどれだけの世界を映しただろう。自分より余程長旅だったはずだ。