第10章 楽園事件:1
「セキュリティーもついてない…」
霜月は異世界にでも来たような口振りだった。当たり前のようにセキュリティーに囲まれて生きてきた彼女にとって、旧世代の代物である大きな錠や指紋認証は見慣れない。
「昔の防犯システムは人が監視しているアナログのものだ。もうこちらの存在に気が付いている可能性もある以上、大きく出るのは危険だろう。」
クリア。やっと三ブロックまで来た。だがどれも使われた形跡が見られないほど入り口に土埃が溜まっている。海風で壁は傷んで崩れてきそうだ。周りに注意を払いながら次の倉庫へ向かう時だった。ピューンと甲高い音が一つ倉庫群全域に響き渡った。聞き慣れない音に霜月は戸惑った。
「何!?今の…」
「カモメの鳴き声だ。初めて聞いたのか?海を模したレジャー施設なんかにはよくあるぞ。」
「宜野座さんもそういう所行くんですね…って!そんなものがなんで倉庫で鳴るんですか!」
「俺に当たるな。」
だが確かに奇妙だ。海が近いとはいえ近辺には野鳥はもういない。ホログラムだとしても不釣り合いだ。
すると先程より強くピィーッと鳴き声が響いた。それがカモメのものではないと気付くのはやはり宜野座だけだった。霜月にも先程とは違うものということや、威嚇されているなような気は伝わっているらしい。空を注意深く観察する。
「今のはカモメじゃない。」
「そんなの私でも分かりますよ!」
「あれは猛禽類独特の鳴き声だ。」
「猛禽類?鷹匠でもいるっていうの?」
暫く頭上も意識しながら捜索を進めたが、羽音がすることもなく、鳴き声が再び響くこともなかった。倉庫群の周りには手がかりもなかった。
「やはり中を見るしかないな。」
海産物を扱っていた倉庫が多い。中は冷却機能も万全だろう。だが中を冷やすなら熱を放射する必要がある。それに当てはまるような物音のするところはなかった。
「コンテナターミナルに移動しよう。」
積み木のように重なるコンテナターミナルは今はコンテナ墓場だ。だが着いてみれば電気は生きていてライトで全域を照らすこともできた。正式な申請をせずとも使っているものはいる。
「唐之杜。ターミナル全域をサーモグラフィで写してくれ。温度変化の激しいところを教えて欲しい。」
端末からは色を含んだ気の抜けた返事が返ってきたが結果もすぐにきた。
