第8章 File:8
「怖いだけじゃなくて不安とか他にもいろいろ混じってるんです。そういうこと、狡噛さんにもありますか?」
感情とは言葉で表現するのは難しい。ましてのことなら尚更だ。恐らく同じものを感じたことがあるとは思う。確かに何とも言い表し難いものばかりだった。恐怖も不安も高揚に入り混じって複雑なものになっている。
それでもこれを言葉ではなくとも伝えることはできるかもしれない。
「そういえば、俺も今日あったな。お前が新しい服でいつもと違うように見えた時とか、レストランで美味そうに食べてる顔見てる時とか、屋上庭園でこうしてた時とか…」
狡噛は緩めていた腕に再び力を込めた。屋上庭園で飛び立つ寸前の彼女を必死に押さえたのを思い出す。違いと言えばあの時ほどの冷えはなくて今は温かさが心地良いこと。それと、同じ感情を共有していたことに対する幸福感に似たものがある。自然との額に唇を落した。考える間もなく体が先に動いた。すっかり愛着が湧いているのか。そのまま髪を指で梳くように撫でていると冷たい指が顔に添えられ、首を伸ばしたが口の横に唇を寄せてきた。完全に不意打ちだった。頬にするつもりが届かなくて口の直ぐ横になってしまったのだろうがそれが何を彷彿させるのかは分かっていないのだろう。
「なんだ?」
「え?」
暗がりに不安な声が響いた。その反応に愉しんでしまう。
「今の、なんの真似だ。」
「何って…狡噛さんの真似です。」
本当に真似しただけなのかとどこか時化てしまう。これはもう少し教えてあげるべきなのか。
「俺のとお前じゃ意味が違ってくる。」
「そうなんですか?」
「まず場所も違うだろう。」
「届かなかったから…」
「上にくれば届かないことはないはずだ。」
「拘束されてるので動けないです。」
「俺は別に拘束してるわけじゃ…」
そんなつもりがなくとも思った側の意見だ。仕方なく腕を解くもは動こうとはしない。それどころか体をさらに密着させてきた。自分は触れる部分が熱くなるのに彼女はきっと寒いからとかきっとそんな理由だ。
「拘束はといたぞ。」
「もうちょっと。」
「なんだもうちょっとって。」
俺も男なんだがにはそんなこと関係ないのだろう。それどころか何が起きるか分かっていない。無邪気も通り越すと辛い。