第8章 File:8
暫く擦っていると温度差を感じなくなるほどには温まった。
なのに彼女はまだ寒いのか硬直を解かない。縮こまったまま息も潜めているかのように小さかった。
「どうした?」
「なんだか…ドキドキします。」
思っても見ない表現に鼻で笑ってしまう。暗さと眠さでまだよく周りが見えないがどんな顔をしているだろうと想像してしまう。
「ドキドキするって意味分かってんのか?」
「驚きや恐怖などで心臓の動きが早くなる表現のことです。」
間違っちゃいないが完璧な答えでない気がする。つまりはがこれまでドキドキする時は驚きや恐怖がほとんどだったとも言えるのではないか。答えがどうであれ、今が驚きと恐怖でいっぱいだとしたらその方がまずい。
「怖いのか?」
「これが怖いのか何なのかが分からないのが怖いです。」
「また随分難しいこと言うな…」
宥めるように背中を優しく撫でたり叩いたりしてみる。自分が子供の時に親がしてくれたことを思い出しながら。ただやってることは親の真似だが、心が落ち着かない。彼女の言葉を借りるならドキドキするのと同じだ。
「狡噛さんはドキドキすることってありますか?」
ある、大いにある。
「ドキドキすることなんていくらでもある。」
「そう、なんですか?いつも顔にでないから、そういうのはないんだと思ってました。」
お前にだけは言われたくないなと思うのを喉元出かけたがなんとか飲み込んだ。この一日の間にどれだけそんな時があったのかこの女には微塵も分からないだろう。
「私、今日たくさんドキドキありましたよ。」
「ドローンに囲まれたりギノにドミネーター向けられたりしたもんな。」
「そうじゃなくて…怖いに似てるけど違うドキドキの方です。」
それはなんだか興味が湧く話だった。普通ドミネーターを向けられるのはかなり嫌な記憶になるはずだが、それを上回るほどの事とは何だったのだろう。
「狡噛さんが新しい服を似合ってるって言ってくれた時とか…」
予想していたものと随分違う。
「一緒に綺麗なお店でご飯食べてる時とか、そのあと外に出た時とか、あと車の中も。」
「……。」
つらつらと並べられるその時のことを思い返すだけでも心臓が早まっていく気がした。自分だけがそうなっているとお互いに思っていたことがなんとも馬鹿らしい。