第8章 File:8
「早く寝たらいいじゃないですか。」
「なんだよ、俺の家で何しようが勝手だろ。」
「人の耳を勝手に触るのはどうなんですか?」
「なんでもするって言ったのはそっちじゃなかったか?」
別に言い負かす気はない。こんな会話でも恐怖が紛れるならそれで。そう思っていただけだったが、選んだ言葉が悪いのかは口を噤み納得してしまった。すると端末を伏せて目を閉じて「どうぞ」と動かなくなる。
どうぞなんて言われても困る。
「ちょっとからかっただけだ。本気にするな。」
「そ、そうなんですか?」
流石の彼女も恥ずかしくなったのか顔を赤らめていた。その反応は初な感じでまた良い。
「当たり前だろ。なんだ、どうぞって。」
「もう忘れて、早く寝に行ってくださいよ!」
「家主は俺だ。どこにいたっていいだろ。」
「んんんんん〜!」
言葉にできないもどかしさに喉を鳴らすはすっくと立ち上がると真っ直ぐトイレに入って鍵をかけた音が聞こえた。立てこもりか。自分の時間でも欲しかったのだろうか。そうならそうと言えばいいのに。
「!トイレに立てこもるな!」
だが返事はない。ふざけることを知らないなら本気だろう。
それはそれで厄介だ。さてどうやって出すか。
「分かった、もう寝る。お前も寝ておけよ。」
おやすみと、段々離れていくように声を小さくするが、空いたドアの影になる位置で息を潜める。やがて鍵の開く音がしてドアがゆっくりと動いた。中からは慎重に外の様子を伺いながら少しずつが出てくる。どこで脅かそうか考えていると、彼女は溜息一つこぼしてドアの後ろを覗いてきた。
「っ!」
脅かすつもりが逆に脅かされた。なぜバレたんだ。
「甘いですよ、足音が聞こえませんでした。」
「全く…お前は耳もいいのか…」
「もうほんとに今日の狡噛さん、どうしちゃったんですか?」
そんなにふざけているのがおかしいのだろうか。兎に角長く立てこもらなくて良かった。呆れながらドアを閉める。さらに狡噛に見向きもせずにリビングに戻っていった。再びソファにゆっくり沈むように座るので同じように隣に腰を降ろす。腕を広げれば肩を抱ける距離だ。だがそうはせずにただ至近距離で横顔を眺める。また横髪に触れてみたくなるのは自分が手入れをしたせいなのか。