第8章 File:8
いつもは面倒でシャワーで終わらせるが、久しぶりに湯船に浸かった。なぜだか念入りに全身を洗うし、それもいつも適当にしてしまうからちゃんとしているだけだと変に自分を納得させる。それでいて上がったらは寝ているか起きているかまで妄想染みた思考が止めどなく湧いてくる。俺は一体何をしたいんだ、どうする気なんだ。途中で現実に戻りながらもまた理由をつけて納得させるの繰り返しだ。
風呂から上がって着替え、適当に髪を乾かし脱衣所を出るとはソファで横になっていた。予想はしたが、ベッドで寝てもいいことを伝えれば良かったと思う。だが近寄れば彼女はまだ寝ているのではなくて与えていた端末でネットを見ているようだった。
「眠れないのか?」
「今日の楽しかったことばっかり思い出して、どんどん眠れなくなっちゃいました。」
「お子様だな。」
鼻で笑いながら狡噛はソファの肘掛けに腰を降ろす。それに合わせるようにも端末を見ながら起き上がった。
「何見てたんだ?」
「動画です。鳥の飛ぶところ。どこまでも自由で羨ましいな、って。」
そういう彼女は今自由ではないのか。
ふと以前にやった結婚相性診断を思い出した。彼女の自由さに振り回されて疲れるからと相性は最悪だった。でもそれは以前の事であってもしかしたら今は違うかもしれない、いや、そもそもそこまで関係性を構築させようとは思っていないから問題ない。だが自由を羨ましいと言うのはどこか気疎い。いつかは離れていくものと、それは仕方ないという反面ずっと居ればいいとどこかで思っている己がいる。
「鳥になりたい?今のお前なら放っておけばなりそうだな。」
「でも、何になるか分からないじゃないですか。」
「まぁ、そうだな。」
「怖いんですよ。もし心もなくなって誰かを襲ったりしたらって思うと。」
自分が自分ではない何かになる恐れなんて感じたことがない。狡噛には彼女の心理を理解しきれなかった。実際にそんなことがあり得るのかも分からない。全く別の生き物の遺伝子が体に存在できている時点で不思議なのだ。科学的にそんなことが少なからずここまでは有り得ているのだが先は見えない。
「どんな時なら、その恐怖を忘れていられるんだ?」
「え…?」
「今すぐ拭えないものは紛らわすしかないだろ。俺にも手伝えるなら言ってくれ。」