第7章 File:7
振り向くの髪がさらりと洗いたての匂いを連れてくる。それが鼻腔を通って頭に昇ってくるような妙な感覚に胸の奥が心地良くざわめいた。
入り口を塞ぐ狡噛の隙間からリビングに出ようとするを避けもせずに腰を捕まえて通せんぼする。初めは無言で無表情でじたばたと抵抗してきたがすぐに諦めてだらんとその腕に寄りかかっていた。それでも彼女は何も言わない。
「どうした?もう終わりか?」
「これ何してるんですか?」
「ただふざけているだけだ…」
は怪訝そうに狡噛をゆっくり見上げた。ただふざけているだけというのがよく分かっていないのだろう。なぜここで、なぜ今と、万が一聞かれても答えなんて持っていない。
「なぁ、一つ提案なんだが…」
の不信感を伴ったような視線が痛いので腰を掴んだ腕を離した。離しても彼女は逃げるようにもせずにその場で静かに立っている。
「やっぱり戸籍をとって自活できるようになるまではここにいないか?」
「え、この家にですか?」
珍しく食いつきよく反応する。もう承諾を得た気分がした。
「あぁ、どのみち戸籍を取るのに住所もいるんだ。それに職業訓練校に行くようになれば外で生活する時間も増える。そうなったら羽根は完全に隠したほうがいい。俺とならその練習もできると思ってな。」
「でも、狡噛さん…また疲れちゃいますよ。」
やはり自分のせいで疲労していたと思われていた。何も言わないが気づいていることは他にもあっただろう。救うつもりが返って不安を大きくしていたのかもしれない。そう思うと今度こそ守らなければとより決心が強固なものになった。
「俺のことは心配するな。自分の心配をしろ。正直、ここからの社会復帰はかなり厳しいぞ。」
「私、人に戻るようなことができるでしょうか。」
は自分の背中に手を回していた。まだ首の下、肩甲骨あたりに小さな羽根が残っているのを気にしている。
「今日のお前を見ていたら、それも不可能じゃないと思ったんだ。羽根が出てくる仕組みを理解すればコントロールすることができるかもしれない。そうなったら本望だろ?」
彼女の瞳はいつになく期待と希望で輝いて見えた。この反応を待っていた。これで全て改善すると思ってもらえるような働きをしたかった。