第1章 File:1
自宅に戻る頃は夜も更けていた。
暗い部屋に明かりをつけるとリビングにの姿はなかった。ベッドで寝ているのかと寝室の戸をそっとあけるがそこにもいない。焦った狡噛は名前を呼んだ。だが返事はない。元から返事をしないのでなんら不思議もないが、姿がないので不安になる。
するとモズがふわりと現れ、翼を手に見立てて静かにするようにと羽を一枚口元で立てた。そして寝室ではなくリビングへ飛んでいくとソファの後ろで止まった。
はまるで隠れるようにして小さく身を潜めていた。
顔を伏せているので分からないが、モズが静かにするよう伝えてきたのだから寝ているのだろう。
膝と肩を抱えて寝室に運ぼうと触れた途端は驚いたように顔を上げた。
思わず出した手を引っ込める。
「こんなところで、風邪引くぞ。」
は狡噛を見上げて、立ちあがると思ったがただ背を向けただけだった。
「何か食べたのか?」
話を変えるも応答なし。
モズが代わりに食事はとっていないことを伝える。
「施設の報告にもあったぞ、昨日も何も手を付けなかったんだってな。」
《具合が悪いのですか?》
モズはの正面にふわりと飛ぶ。は顔を伏せたまま首を振った。
またAIにだけ返事をしたように見えて狡噛は少し苛つきをみせた。
「食べたくないです。」
微かに聞こえるほどの声でが呟いた。
ようやく言葉を交わせたことで苛つきはすぐに消え去った。
「人間、食ったもので体はできてる。食べないとどうにもならないぞ?」
「…ハイパーオーツ?」
この国の食物はハイパーオーツの単一種になった。たった一つの麦を加工し、様々な食べ物を作っている。もちろん加工の段階でそれに見合った栄養素もプラスされてはいる。
それが当たり前になった。廃棄区画の人間にもそれが適用されているかまでは狡噛は知らないがハイパーオーツが原料の食事に疑問符など持つ人間はいないと思っていた。
「ハイパーオーツは万能だ。どんな食物にも姿を変える、食べれば分かるさ。」
狡噛はモズに食事を命じた。
「カロリー計算は任せる。取り敢えず和風テイストで用意してくれ。」
《了解しました!!》
モズはオートサーバーを起動させて食事を用意する。