第7章 File:7
それとも寒さで人肌が恋しくなったか。なんとなくこうしていたいと思うのは、彼女がなんとなく残りたかった理由と同じだろうか。そうだとしたら彼女はどこまで求めてどこから拒否するだろう。
「帰ろう。」
「…はい。」
そうは言ったもののすぐには動き出せなかった。
彼女の肩に頭を預けてじんわりと感じる体温と甘い香りに惑わされていた。しばらくそうしていると寒さも次第に忘れていく。
が腕からするりと抜け出たのでようやく体が動いた。彼女は安定の無表情だ。風が吹けば空いた懐がいつもより冷たく感じる。黙って動き出すのを待っている彼女の手を今度はすり抜けられないように力強く握る。
「行くぞ。」
は狡噛を見上げて頷いた。手を振り解くこともしないのだから拒否はしていないのか。そんなことすらどうでもよいのか。帰りの車の中でも掴んだ手は離せなかった。
片手でハンドルを握り時々、助手席に目をやる。彼女の視線はいつだって窓の外だ。どこを見ているとも言えない目で流れる景色を虚しく眺めている。
隣にいるのになぜか遠い気がした。気を紛らわそうと仕事に繋げて考えるも彼女の明日は一向に見えない。明日ここにいるかも分からない。いつまで人の姿でいるのかも。
夜風で酔は抜けた筈なのにまだ酒は残っているのだろうか、疲れで通り過ぎる夜光に目が眩んでいるのか。それほど今夜の思考はいつもと違うように感じた。
外からの光を浴びて青白く照らされる肌を見ると胸の奥から何かがゆっくり昇ってくるような感覚があった。
その肌は今この手で繋がっている。確かに触れているのに一方的に握っているだけのせいか寂しい。彼女の細い指は握り返さない。何を期待しているのだろう。どっちつかずの脳内に疲弊する。彼女は保護するべき市民だという公安としての自分と、手放すのは惜しいから近くに置いておきたいという個人としての自分が葛藤する。特段美人でも可愛いわけでもなく愛想もない彼女の何がいいかと言えば恐らく居心地だ。
多く語らないのはある意味面倒がない。それ以外はどうしようもなくなった少女を放っておけないというただの同情からくるものかもしれない。
信号で車が停止した。窓にポツリと大きな水滴がつく。間もなく雨が降り出しそうだ。それでも彼女の表情は変わらない。握る手に何度か力を入れるも見向きもしない。思わず溜息が出た。
