第7章 File:7
だが感性は人それぞれだ。彼女も一応は女性であるし景色を美しいと思う人の類かもしれない。
「なんだかゴチャゴチャしてますね、この街。」
撤回しよう。
「お前の住んでいたところはここよりすごいだろう。」
「そうでした…」
廃棄区画の古く密集した今にも崩れそうな建物の集合体を見てきた人にこの街を非難されるのはいただけない。
最先端の技術で覆い尽くした街並みはこれでも整頓された方だ。だが彼女が見ているのは街ではなかった。
すっと天に向かって伸ばされた手を見てそれに気がつく。
「この街は空がよく見えないです。」
確かに高層ビルの隙間から見える空は小さい。
それを不快だとか変だとかは思ったことがなかった。
「狡噛さんは空を飛べたら、どこに行きたいですか?」
「…行きたいところか…どうだろうな。正直言ってこの街が一番理想の形なんだろうから、空から全てを見下ろしたところで何が面白いのか俺にはわからん。」
「この街って狡噛さんの理想なんですね。」
「俺の…?」
「誰かの理想を代わりに言うのは難しい。だから今のは狡噛さんの言葉じゃないんですか?」
「それは、まあそうだが。」
「でも空はずっと遠くまで続いているそうですよ。」
柵に脚をかけてより高く手を伸ばすはやはり今にも飛び立ってしまいそうに見えた。彼女が何を思ってそうしているのかは分からない。空を掴もうとしているのか、何かを指先に感じているのか。理解を超えすぎていて恐怖すら感じる。
狡噛はの伸ばされた手を空から隠すように包み、細い腰を抱えて柵から降ろした。
まるで危ないからと子供を降ろすようにだ。
下から至近距離で見上げる彼女はまるで玩具を取り上げられたかのようにつまらなそうにしたが、狡噛はその細い腰に回した腕が解けずにいた。
ちょっと力を入れたら折れそうだ。指の先まで華奢にできている。冷たくなった彼女の指を中に折り込むとそのまま降ろして後ろから抱えるようにする。服の上からも分かる冷たさだった。
「冷えすぎだ。」
「狡噛さんは…ちょっとお酒臭いです。」
何を望んだわけでもないがその返しには項垂れてしまう。細い肩に鼻先が当たると整髪料の甘い香りがした。そんな中でもこの冷たい手と、骨と皮だけの腰が離せないのは確かに酒のせいかもしれない。