第7章 File:7
それは今日一日先送りにしてきた問題だった。彼女の社会復帰を目的とした管轄が所有する宿舎はそこの業務改善が正式に提出されるまでは正直怪しい。当たり前だが何か起きても刑事課までは情報が来ない。公安局の側でホテルを取るのが無難か。
「狡噛さんちに帰ってもいいですか?」
「は…え?」
最悪それも視野には合ったがそれよりも提案されたことに驚く。は選ぶことをほとんどしない。示されるがままにする。それもそれで問題なのだが。
「俺は別に構わないが…いいのか?」
宿舎が本当に拘置所並ならそれよりはマシかもしれないが、それでもこっちはこっちでいろいろあった。覚えてはいないが。それほど気にしなかったのだろうか、それとも別に構わない対象だったのか。
「お金はないけど、なんでもしますよ。」
「おい、俺をからかってるのか。」
「だって私にできること、限られてますから…」
再び目を伏せる彼女は何もかも諦めているようにも見えた。こちらが行き詰っていることを感じ取れないほど鈍感な奴じゃない。どんな気持ちで珍しく決断なんてしたのだろうか。
「いちいち見返りなんて求めてたらこんな仕事できるわけないだろ。」
「求めないんですか?」
「なんだ、誘ってたのか?」
「?何にですか?」
「いや、何ってだから…」
真面目な顔をして聞き返してくるところを見るとイマイチ遠回しな表現は伝わらないらしい。
そういう言葉の飛び交う中に生きてこなかったのだから仕方ないが、そうなると自分がおかしいような気さえしてきた。
冷たい風がモヤモヤした気分を紛らわす。は冷たくなった体を震わせた。
「車に戻るか。」
「もう少しここにいたいです。」
「?寒いんだろ?風邪ひくぞ。」
「寒いですけど…」
両手を交差して肩を擦る。細すぎる手首はすぐに凍りついてしまいそうなほど白い。
ふと、伏せていた目を合わせてきた。ほとんど視線を交わすことがないので捉えられた瞬間はドキリとしてしまう。
「なんとなく、ここにいたいです。もうちょっとだけ。」
そのなんとなくは何なのだろう。寒さを我慢してでもここに残りたい理由が分からない。景色は街を見下ろせる分悪くはないが所詮はホログラムの夜景だ。狡噛にとっては感動もあまりない。