第6章 File:6
まだ意味がよく理解できていなさそうな。
狡噛がシャンパングラスを口に運ぶのを見てそれを真似した。
「…!おいしい!」
フルーツをベースにスッキリと仄かに甘さが残る。
が初めて美味しいを脳で理解した瞬間だった。だが一気にグラスを空にする飲みっぷりを見るにやはりアルコールではなくて良かったとも狡噛は思う。
「料理も期待できそうだな。コース料理らしいぞ。」
メニューを渡されると何が出てくるのか想像しにくいほど長い料理名がいくつか記載されていた。
は最初と同じようにメニューをテーブルの真ん中に立てるとまた手を膝に戻した。
「何か飲むか?」
「え、あ…じゃあ…いただきます。」
再びウエイターを呼ぶと同じ飲み物を頼んだ。誰かが付近を通るたびには目だけ動かして周りを警戒していた。
新しいグラスが目の前に置かれても一瞬体をびくつかせている。
「大丈夫か?」
「すみません、落ち着かなくて。」
「わからなくもないがちょっと大袈裟だと思うぞ。」
「そういう狡噛さんだって、手、拭きすぎですよ。さっきから。」
無意識のうちに手を拭いてはタオルを畳み、また拭いては畳みを繰り返していたらしい。落ち着きなさそうにしていても彼女にそこまで観察されていたと思うと恥ずかしくなる。
「俺もこういうところは慣れないからな…。どちらかといえば大衆向けの店の方が性に合ってる。」
「そう、なんですか?私はなんだか、自分が場違いな気がして…」
「そうでもないと思うぞ。そのビビリを抜きにすればお前の方が雰囲気は合ってる。」
「そうですか?」
「ビビってなければな。」
「ビビってます。駄目ですね。」
「駄目かもな。」
小さく笑うと、彼女も同じように笑っていた。やっと佐々山の言っていたことが本当だと思えた。人は自分の心を映す鏡ということが。今の彼女には自分の顔が映った。無関心でも悲愴感でもなく楽しそう笑った顔が。慣れない空間で落ち着きこそないもののそれなりに楽しんでいる自分にも気がつく。
一旦彼女の処遇について悩むのはよそう。今はこの時間にただ浸っていよう。
後のことは後で考えればいい。