第5章 File:5
「狡噛さん…」
「なんだ?」
「もう、やめようと思います。」
患部を抑える手が一瞬緩んでしまった。
もう一度強く抑えてからタオルを離すと血は止まっていた。
それに穴が小さくなったきがするのは血を拭き取ったせいだろうか。
「やめるって?何を?」
「普通の人になるのとか、自分の身体がどうだとか…」
「お前は死にたくなるほどコレを嫌がったのに、施したやつに怒りはないのか?」
「ないです。」
「嘘だ!」
何故そう思ったのだろうか、声を張り上げた狡噛ですらだんだん分からなくなった。
怒りはない、と本人が言っているのに否定する意味はあるのか。
「誰がやったのかも分からないんです、怒りなんて誰に向ければいいですか?」
「どう考えても担当医がクロだろう!それともソイツがやるはずないと思いたい事情でもあるのか?」
事情ならある。それは彼女の表情を見たら分かった。
「センセイは…私たちを育ててくれました…センセイが親の代わりです。」
「なら何故そのセンセイのところに帰ろうとしなかった?」
は窓の外へ目をやった。雲行きが怪しい。雨が降りそうだ。
「家が…わからない…」
「…そうか…。」
納得がいった訳ではない。だが本人が言うのだから仕方のないことだ。この報告を受けて彼女はただの迷子であると断定され、家に返すだけとなる。だがなぜ彼女は帰らずに戸籍をとろうとしたのか。
帰りたいとは一言も言わないのか。
「もう一つ質問、いいか?」
「なんですか?」
「はセンセイのところに帰りたいか?」
「…わかりません。」
「ならここに居たい?」
「…わかりません。」
「どうしたい?」
彼女は全て分からないと言った。黙秘しているわけではないだろう、本当に判断ができないのだ。この社会ではシビュラシステムが全てを判断してくれるが、彼女にはそれがない。システムは彼女にこそ必要なものだろう。
「なら、まず戸籍登録に必要な書類を集めて住民票を作れ。そこから先は自ずと決まっていく。」
くしゃとの頭を撫でると狡噛は半端にしていた食事へと戻った。
散った羽根はドローンによって掃除され、何もなかったようになるが腕に残った羽根は彼に見えないところでこっそり毟り取った。