第5章 File:5
とても眠たそうにしているのに瞬きをやめず視線が交わされた。狡噛は溜息のごとく深く吸った息をゆっくり鼻から吐き出すと酒の臭いが鼻腔を通って出ていく。
は怪訝な顔をした。異臭の混じった臭いに我慢できず袖で鼻を塞いでいると、その手を掴まれまた煙草臭い頭の上に置かれた。
撫でろ、という意味なのだろうか。撫でるとも言えない雑な動きで黒髪をさらさらと遊ばせる。
「どうしたんですか?」
「…疲れた。」
仕事の疲れなのか、それとも自分の面倒を見るのに疲れたのだろうか。または両方か。どちらにしても自分が関わっていることだろうとにも分かったはずだ。
彼に最初の頃のような勢いはもう見られない。
「…」
独り言のようにポツリと溢す声もこの距離なら聞き逃さない。返事の代わりに目を合わせると、白く大きな手が伸びてきて顔にかかった髪を流すように指先でそっと小さな輪郭をなぞる。本当にこの人はどうしたのだろうとの心中は疑問符だらけだが相変わらず顔に出なかった。
その大きな手は顎から首に降りていき枕との間に指が差し込まれると、本体がぐっと体を起こしてベッドの下にいた半身を上に持ってきた。その動作も怠そうでの首筋に顔を埋めてまた動かなくなった。体は完全に被さっていて少女の肺は圧迫される。息を吸おうにも肺が動かせないので短い呼吸しかできない。
「狡、噛さん…」
「なんだ。」
首筋からくぐもった声が生温かい吐息と一緒に運ばれてくる。その後から呼吸も重なり熱で痒くなりそうだった。
「重いです…」
怠い体をどうにか動かし腕の力だけで上半身を浮かすも、それは維持できずに崩れた。
「うっ…」
余計な負荷がかかり潰れそうになる肺から声が漏れる。
幾分隙間は空いたものの呼吸を整えるまでは少しかかった。
は動く気が微塵もないこの男にベッドを譲るべく(もとは彼の物だが)両手で体を押し上げて隣に転がした。
ごろんと仰向けに寝転がるそれは半分寝かけているが時々目を開けていた。どうせ間もなく日が昇る。起きてしまえとベッドから起き上がろうとすると逆に引き戻された。
寝惚けているくせに力は強く、腕でがっちりとホールドされ身動きもとれなくなった。
「もう少し寝なさい。」
「…臭いです狡噛さん。」
「佐々山が臭いんだよ。」