第4章 File:4
『身分証はお持ちですか?』
「いえ。」
『では登録がないかを確認しますのでお名前を教えてください。』
「。」
『ありがとうございます。…登録がないことを確認しました。戸籍登録に必要な書類について説明します…』
は静かにそれを聞いて、数分で区役所を出た。
申請に必要な書類はとても彼女に集められるものではなかった。それにどれもこれも廃棄区画に戻らなければ探すこともできないものばかり。黙って行けば狡噛は怒るだろう。
面倒を見てもらっている以上迷惑もなるべくかけたくないと常々思ってはいる。それも昨日はうまくいかなかったわけだが。
は家に戻ることにした。
街は人がたくさん行き交っていて酔いそうだ。
ふと、この群衆の中から一人だけが浮き上がったように見える。
何百メートルと先にいるので相手にこちらは見えていないだろう。
彼女の瞳孔はレンズを絞るように小さくなった。虹彩が広がったのかもしれない。
ずっと遠くの人間まで捉えるその目は目標を外さない。
見知った男の顔だった。
さらりと流れるショートヘアー。色白で若く見えるがサングラスの下の目にはやや年齢が出始めているのも知っている。白いジーンズが長い脚を引き立てて一般的には整った部類だろう。
「センセイ…」
はポツリと呟くと男を視界から外して家路を急いだ。
家につくと間もなくして狡噛から連絡が入る。
「はい。」
「今どこだ?」
「帰ってきました。」
「そうか、どうだった?」
「戸籍登録に必要な書類が厄介です。出生届とか…」
「出生届か…どの病院かは覚えてないのか?」
「知らないです。」
うーんと唸る声が端末越しに聞こえる。その間もは帰りに見かけた男のことで頭がいっぱいだった。
「何か方法は考えておく。あと、ちゃんと飯食えよ?」
ぼんやりと考え事をしていて狡噛の呼びかけに答えられたのはもう何度か呼ばれた後だった。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。」
「何かあれば連絡しろよ。」
「はい。」
通信を切って静かな部屋に戻るとソファにゆっくり横になった。いろんなものを見て目が疲れていた。
大勢の人間、ビル群、それにあの男。断片的にあの男の声が脳裏で蘇る。だがなんと言っていたかは思い出せなかった。