第21章 理想郷を求めて
狡噛は家に入るのを止めて丘を登る。ベールクトは近づいても怯えたり威嚇することもない。丘から見下ろす景色を眺めていた。
「よう、元気か?」
声をかければ分かっているかのように首を向けた。狡噛が頭にそっと手を置くと、撫でろと言わんばかりに押し付けてきた。流る羽根の向きに合わせて撫でるとベールクトは気持ち良さそうに目を閉じる。体高が成人女性並の大きさではあるが可愛いところもあるものだ。大人しいと分かると背や喉を撫でてみる。すると首元に何か光った。羽毛に隠れて気が付かなかったが手に取ると革紐に通されたシルバーネックレスだった。不思議なモチーフだが恐らく魔除けの印だろう。
「お前、誰かに飼われていたのか?」
賢いベールクトは首を傾げた。今は主人がいないのだろうか。ペンダントトップの裏側や革紐の側面を見ても名前は書いていない。自分が新しい飼い主になっても良いのだろうか。そもそもこのベールクトはなぜ自分を選んでついてきたのか。翼を撫でながら考えると、また昔の記憶が過る。
「そういえば、あいつもイヌワシの翼を持ってた…。」
大きな羽根をもらったことがあった。全て日本に置いてきたが、彼女が居なくなって暫くその羽根を眺めて過ごしたから覚えている。茶色くて、金色の光沢がある美しい羽根だ。彼女のことは救えないまま、再び見つけることも出来なかった。悔しい思い出だ。
「…。」
確かそんな名前だった。今生きているかも分からない。当時、公安局に入局したばかりのせいもあって彼女のことは思い出深い。
「昔さ、助けてあげたかったんだが、俺の力不足でどうもしてあげられなかった奴がいるんだ。」
狡噛は側の大岩に腰掛けて月を見上げながら話した。
「無表情で無口で。事情聴取をすれば暴れだす。女のくせに厄介極まりないやつだったな…」
不安定で、泣いたり怒ったり起伏の激しいところは年頃の女子にありがちであったと後々気がついたが、それでも彼女は普通の人と違っていた。何か不思議な魅力があった。人ならざる者であったせいなのかもしれない。
「どうしているんだろうな…」
目の前で真っ直ぐ見つめてくるベールクト。その琥珀色の瞳は星空を移して藍色になっていた。と、その瞳が次第に変化していく。白目が増えた。頭が少しずつ小さくなり羽毛がボロボロと落ちる。骨の割れるような音がした。
