第21章 理想郷を求めて
翼を押さえながら木片を勢いよく引き抜く。ベールクトは小さく声を上げたが大人しくしていた。タオルで強く押さえて止血し、消毒液を塗るだけの簡単な治療をしたが、ベールクトはすぐに翼を広げて飛び去って行った。
その場にいる者が皆空を見上げていた。
「てっきり狡噛が日本から持ってきたドローンなのかと思ってたよ。」
キンレイが帰りの車内で言っていた。ベールクトの翼の傷から出血したので本物だと気づいたらしい。
「最初から一緒だったわけじゃない。ここ最近だ、あいつが俺の頭の上を飛ぶようになったのは。」
「あのベールクトも狡噛と一緒にいれば強くなれると思ってるんじゃない?」
テンジンが言う。
「まさか。あいつは俺より強力だぞ。実際、何度か助けられたしな。」
狡噛はベールクトととの出来事を話した。町の盗賊団に狙われたとき、一緒に戦ったこと。食料に困った時に仔鹿が降ってきたこと。それでも呼んで近くに来たことはないし、四六時中一緒というわけでもなかった。
「いい相棒じゃないか。」
「相棒…か。」
懐かしい響きだ。昔は相棒がいた。暫く会ってはいない。今でも日本にいた頃は懐かしい。シーアンでも再会はしたが、皆は元気でやっているのだろうか。刑事だった頃を思い返した。執行官…監視官。様々な事件。
ふと、脳裏に何かがふわりと過った。羽根だ。茶色い羽根がふわりと舞うように過った。
「狡噛?ついたよ?」
テンジンの声で呼び戻された。もう家の前だ。車を降りて空を見上げる。ベールクトはいない。小さな溜息がでた。
その日から花城が同じ家に滞在することになった。狡噛としてはあまり気に入らなかった。日本棄民の調査なんて白々しい。他に理由があるのだろう。何か不審な動きをすれば追い出す、そう考えながらテンジンへ護身術を教え続けた。体力をつけ、技の流し方、受け身のとり方、彼女の小柄な体格でもできることを教えた。
あの一件からベールクトは姿を見せていない。怪我をしたせいだろうか。もしかすれば近くを飛ぶことも今後はないかもしれない。それはテンジンも心配していた。大きくて賢いベールクトをテンジンは気に入っていたようだ。幾日かが経って、テンジンは移民申請を出しにゾンへ行くというのでそれについていった。キンレイがついでに狡噛の滞在申請をとってくれるという。
