第21章 理想郷を求めて
「お前の朝メシか。」
そう言うとわかっているのかいないのか、脚で蛇を押さえながら嘴で食いちぎって食べていた。自分の手足もあの蛇のようにいつかなるのではないかと一瞬考えてしまう。
朝食は昨夜の残りや、分けてもらった食材で済ませた。今日こそは市場で買い足さなければならない。テンジンに体の動かし方や日本語の読みを教えながら、掃除や洗濯、買い出しをして、また鍛える。恐ろしいほど平和だった。
夕食はテンジンが作った。どれだけ一人でやってきたのだろう、手際よく用意した。
「なかなかうまいじゃないか。」
「へへん!」
テンジンは得意気に笑って見せた。その笑顔に癒やされている。それと同時にやはり仇討ちなんてやらせてはいけないとも思う。彼女の持っている本がそれを別な角度から教えてくれればいいと思う。実際に仇のために人を殺した狡噛には偉そうなことは言えない。
次の日。テンジンは起きて待っていた。朝は靄のかかる中走り込みをする。その日はベールクトが低く飛んでついてきた。走り込みついでに市場で食材を買って帰る。古民家につくとベールクトは屋根に止まった。鉤爪を引っ掛ける音がガチャガチャと鳴っている。
「壊すなよ。」
狡噛は言いながら中へ入った。荷物を置いて、買ったばかりの生肉の塊を持ってまた出た。
「食うか?」
ベールクトは屋根から身を乗り出して狡噛の手にある肉を凝視した。
「ほら!」
屋根の上へ弧を描くように投げると上手く嘴でそれを咥えた。餌付けするのは初めてだ。肉の塊が大きすぎたのかベールクトは脚で肉を割きながら器用に食べていた。
狡噛とテンジンは食事をすませるとまた鍛錬に勤しむ。その間ベールクトはどこへ行っているかは分からない。気まぐれに戻ってきては気がつくといない。それは退屈ながらも平穏な毎日だった。
だがある日、歯車が動きを変えた。普段静かなベールクトが外で騒いでいる。何事かと思えば一台の車が丘を登ってきて家の前で止まった。中からは金髪で長身の女性が降りてきた。ベールクトは威嚇するように鳴いた。
「私は、外務省行動課、花城フレデリカ。」
「日本の外務省が俺に何の用だ。」
日本の外務省がなぜここまでやってきのかは分からない。正直ここで捕まる気もないが、捕まるならそれも運命かと受け入れている部分もある。