第21章 理想郷を求めて
しかし改めてみると本当に大きなベールクトだ。体高が大人の人間ほどはある。それが屋根の上に降り立つのだからあの物音もするわけだ。
「テンジン、あいつは多分大丈夫だ。」
「あれ、さっきの武装ゲリラの車をひっくり返したやつでしょ?危険じゃないの?狡噛の仲間なの?」
「どうだろうな。」
危険かそうじゃないかでいえばよく分からない。危害を加えられたことはない、としか言えない。
「おい、ベールクト。どうなんだ?」
鳥に話しかけるなんて馬鹿げてる。ベールクトは大きな翼の手入れに勤しんでいた。嘴で突付いていて痒がっているようにも見えた。特に何もしてこない様子にテンジンも恐怖心は無くなったらしい。狡噛の前に出て大きく手を降っていた。
それでもベールクトは翼に嘴を入れて見もしなかった。
「私達には興味なさそうだね。」
「そうみたいだな。」
二人が顔を見合わせているとベールクトは翼を広げて山の方へ飛んでいった。広げた翼の大きさは近くでみるとより迫力がある。幅は三メートル以上ありそうだ。また戻ってくるのだろうか。
その後も部屋の手入れは続き、ようやくそれぞれ生活できるようなスペースを作った。夜の食事はキンレイが差し入れてくれた。そのあとテンジンの持っていた日本の書籍の言葉を教えたりもした。実質の鍛錬は明日からだ。
タバコがないことだけ残念でならない。キンレイにもらった噛みタバコはどうも口に合わなかった。一息つけるものがないのでいつもより風呂が気持ちよかった。なぜ少女に護身術を教えるなんてことに…とも思うが。流れるようにきてなるようになったまでだ。目の前の人を助ける。ただそれだけでここまできた。これからもそれは変らない。まずはやるだけやってみることにする。
翌朝、寝ているテンジンを起こして朝食前に走り込みを始めた。高低差があり標高がそこそこ高くて空気が薄いこの場所は鍛えるには良い場所だった。テンジンは走るフォームも次第に崩れていったがそれでもどうにか着いてきた。走りながら空を見上げる。平和の青だった。ベールクトの姿はない。今頃どこを飛んでいるのだろうと想像する。が、帰るとまた屋根の上に止まっていた。テンジンが疲れていながらも大きな声で呼びかける。ベールクトの口には何故か蛇が咥えられていた。蛇はすでに死んでいるのかだらんと頭を垂らしていた。
