
第21章 理想郷を求めて

食事も残り僅かだ。野菜と魚を煮た缶詰と干し肉が夕食になった。この肉がまだ量があるだけ助かる。もう二週間になるか。頭上から仔鹿が降ってきたのは。突然目の前に落ちてきた。周りに崖や建物もない。ただの荒れた道だった。鹿はまだ生きていた。だが高いところから落とされ、間もなく死に絶えた。上を見上げるとあいつだ。あの鷲がずっと高いところでぐるぐると円を描きながら得意気に飛んでいる。
しかし仔鹿をあの高さから落とすとは…下手したら自分のことも持ち上げられるのではないかと思う。
「お前の獲物かー?」
下から叫んだ。鷲は応えるように高く鳴いた。
鹿の肉は精がつく。その日は皮を剥いで焼いて食べた。とても持ち運びもできないので近くの村に殆ど分け与えてしまい、代わりに干し肉を作ってもらった。
(俺はあいつに生かされてるのか。)
窓の外に目を向けるも、小さく外をくり抜いたそれだけでは空はよく見えない。それに夜は姿を現さないことが多い。どこで休んでいるのかも知らない。が、その日は聞き慣れたベールクトの声が遠くで聞こえた。まだ飛び回っているのだろうか。そう思った矢先、部屋に何かがゴロゴロと入ってきた。ガラスのない窓から投げ入れられた。暗くてよく見えないが黒くて小さな塊だ。手榴弾かと思い瞬時に距離を取るがよくみるとそこまで丸くもない。歪だ。ランプでそれを照らすとなんと兎だった。まだ生きているが息が細い。間もなく死ぬだろう。あのベールクトがまた狩ってきたのだと理解する。窓の側へ行き外を見ると、奴の姿は見えなかった。静かな夜が広がっているだけだ。
(怪我をしたからよく食えってことなのか…)
兎の息が止まった。傷は小さく、まるで眠っているようだった。毛皮は資金にもなる。有り難く頂くことにした。ジビエは最初は慣れなかった。それも食に困ればご馳走に変わる。
今は資金の調達方法も覚えてそれほど困ることはなくなった。それでも長くどこにも所属しなければただ消費する。
今目指すチベット・ヒマラヤ同盟王国は日本の支援を絶たれ貧困差が増し内戦が多いと聞く。少しでも人の助けになることを…。そう思ってはいるものの、そもそも人を殺して逃れてきた。正義とは何なのか。狡噛は未だに答えが出ない。見失った、とも言える。後悔はしていない。執念のまま動いた。結果もだした。なのに後になってから不快なものが憑いて回る。
