第21章 理想郷を求めて
地面の凹凸に合わせてガタガタと揺れる車体。その振動で時々縫い口が痛む。それにしても彼らはたまたま通りかかったのだろうか。だとしたらラッキーだ。
「あんた、日本人かい?」
運転席から男の声がする。狡噛は呻きにも似た声で返事した。すると女の子が後ろを振り向く。まだ十歳くらいだろうか。
「あのベールクトはおじさんの?」
「なんだって…?」
ベールクトは久しぶりに聞いた。何の名前だったか…。
「あの大鷲だよ。」
「あぁ…あいつは多分、俺が死ぬのを待ってるんだ。…どういうわけかしつこくいつも頭の上を飛び回ってる。」
「あの子、おじさんが怪我してることを教えに来たよ。」
「?」
女の子の話がよく分からない。鷲は話さないし、そもそも飼いならしてもいない。あいつは近くには決して降りてこない。
「そうそう、あんたのいる所に誘導させられたようなもんだ。」
ベールクトはチベット・ヒマラヤ近郊に生息する鷲だが、数は少なく希少な動物だ。それに彼らが言うにはあのベールクトは他に類をみない大きさで、きっと放射能を浴びて突然変異したのだろうと。
「こっちに来てー!来てー!って鳴いてるように聞こえて、それで追いかけたらおじさんがいたの。」
「…そうか。さては食べ頃を見計らってるグルメなやつだな。」
「違うよ!おじさんに助かってほしいんだよ!」
「なぁ、俺はそんなにおじさんなのか?」
「え?」
「いや、聞かなかったことにしてくれ。」
心の傷を深くしても仕方がない。それに熱で朦朧とする。薄く目を開け、意識だけは手放すまいとする。
町には直ぐについたが、そこもほとんど人の住まない場所となっていた。いるのは老人ばかりで、レジスタンスから支給される食料を頼りに生きていた。
狡噛は医者の居なくなった診療所に連れて行かれ、砂埃に塗れたベッドに座らせられた。男は狡噛みの靴を脱がし、裾を捲り傷の具合を見た。外気に当たるだけで痛む。膿を出したがまた次の膿が溜まりだしている。
女の子が使われていない注射器といくつか薬品を持ってきた。この親子は何者なのだろう。
男は下手に縫われた糸を取り、膿を取り出し、傷を縫い直した。
「抗生剤を打った。あとは傷を綺麗に保て。」
男は立ち上がり使ったものを近くのゴミ箱に投げ入れた。
「ありがとう。」
「気にするな。あんた傭兵だろ?」
