第21章 理想郷を求めて
あいつがこれを持ってきたのだろうか。それとも誰かが狡噛の存在に気づいていたのか。だとしてもこの草を添えていくのはどういう意味だろう。黄色い小さな花がところどころ咲いている。よく分からないままその草をミリタリーバッグのフロントポケットに押し込んだ。
国境目指して歩き出す。応急処置をした脚を庇うことはもうしなかった。今日は暑い。歩くほどにじわじわと汗が流れ、喉が乾く。水は貴重なので配分を決めて飲まなければならない。腹も減った。極限状態には慣れたと思ったがそうでもないらしい。全身から汗が出る。少し体の様子がおかしい、そう思えてきたのは歩き出してから三時間は経った頃だった。足も上手く動かなくなってきた。もしやと思い、木陰に座り包帯を解くと予感は当たった。傷が化膿して熱を帯びている。薬が足りずにいつもの処理が出来なかったことと、体力が落ちて治癒力が低下しているせいもあるだろう。これは放って置くとさらに悪化するかもしれない。切るか…だがここは荒野の真ん中だ。切った直後は動けない。この先も民家なんてなさそうな道が続いている。悩みに悩んだが、酷くなる前に膿を出すことにした。ナイフをライターの火でよく炙り、口にタオルを押し込んでから傷に切り込みを入れる。激痛でタオルを強く噛んだ。切ったそばから膿が飛び出す。それを痛みに耐えながらさらに押し出す。涙が出そうなほど痛い。さらに救急キットから針と糸を出して傷口を軽く縫い合わせる。一針入れるごとに意識が遠くなりそうだった。
そんな時、近くに車が一台止まった。集中し過ぎて気が付かなかった。運転席から男が顔を出すも、狡噛の様を見て驚いて出てきた。
「おい!大丈夫か!」
男は駆け寄ってきて傷と狡噛を交互に見る。その後ろから少女も覗いていた。
「大丈夫と言いたいが…無理だ…!」
やっと縫い終わり糸を切った。口からタオルを出して深呼吸する。
「そこの町までだが乗っていきなさい!」
「…有り難い……。」
男は狡噛を立たせてて肩を押さえながら車の後部座席に乗せた。その後ろを少女が狡噛の大きなミリタリーバッグを抱えてきた。重いそれを放り込むようにして車に乗せると、黄色の花びらが散って出てきた。
「小連翹の花…。」
少女がポツリと呟く。その名前なら狡噛にも覚えがあった。
後部座席の扉が閉まり、少女は運転席の隣へ座った。車が発進する。
