第20章 楽園事件:11
呆然と見つめれば今度は顔に文句をつけられる。一向に止む気配がない彼女の威勢の良い暴言はまるで感情を裏返しているように思えた。
出立前に送迎会をやろうと常守から提案されたが、どうもしっくりこなかったのでは直ぐに立つ事を決めた。これ以上面倒をみてもらうわけにはいかない。そもそも引き渡す要請まで出ているのだから逃げるようにして出なければいけない。みんなが出勤中の夕刻に公安局の屋上に来た。ここは風が強いので飛び立つのは正直難しい。よく風を読まなければならない。
「黙って行く気か?」
ふと、背後から宜野座の声。つくづく彼にはなんでもお見通しだと思う。その後ろから常守も顔を出した。
「水くさいじゃないですか。友達の見送りくらいさせてくださいよ。」
「友達?私が?」
「そう、だと思ってました。」
一方的に思ってたらすみませんと常守は言っていたが、思ってもみない言葉に驚いただけだ。普通の人間の友達なんてできたことがない。
「ありがとう。遠く離れても私の心はあなた達の中です。」
常守は宜野座と顔を見合わせながら微笑んでいた。
それからゆっくり歩みよってきてをぎゅっと抱きしめる。
「ごめんなさい、私が未熟だからこんなことに。帰ってきた時にはさんの住みやすい街になるようにしますから!」
震える声に悔しさと決意が孕む。には痛いほど伝わった。常守の髪をそっと撫でる。
「適さないのは私の方。気にしないでください。それに、私は自分を探したい、生きる意味を知りたい。だから行くんです。」
体を離すと常守の大きな瞳が潤んでいた。それが妹に重なる。
「行き先は決まってるんですか?」
「海を渡ったことも長距離を飛んだこともないので、まずは北九州から大陸に渡ります。地図で見たらそこが一番近くて、途中で休めそうな島もあったので。」
「外国は危険です。紛争が絶えない地域がたくさんあります。絶対に生きてください。」
は応えるように瞼をゆっくり閉じてまた目を開ける。
それから宜野座に目を向けた。彼の顔は心配と言う字でいっぱいだ。
「ここで待ってる。何年かかっても、必ず帰ってこい。」
「はい。」