第18章 楽園事件:9
だが実際のところはそうだ。どちらで生きるのかを決めなければ普通の生活は送れない。どちらにも成れる生き物は他にいないのだから。決めるというのは選択肢がある程とても難しいことかもしれない。例がないなら尚更だ。
「私、飛ぶのも好きなんです。でも化身の回数には限界があります。」
細胞の再生には本来回数に限度がある。彼女の体は再生を人の何十倍と繰り返すが、そこは限界数が他の人より多いがために可能となっている。それでも上限がある。
「それを超えるとどうなる?」
「分かりません。急速な老化だったり、もしかしたら生きていられなくなるかも。」
「なら化身は避けるべきだ!そうすれば長く生きられるのだろう?」
はタオルを洗濯籠に入れる。その表情はどこか知らない世界が見えているように宜野座には見えた。
「ギノさん…長く生きることって良いことですか?」
宜野座は答えられなかった。分からない。良いか悪いかで言えば、悪くはないだろうが良いことなのかは分からない。一つ言えるのは長く生きてくれたら嬉しいと思う自分の気持ちだけだ。それが彼女にとって良いのかはやはり分からない。
「今日、いろいろ勉強して思ったんですけど…私、もっといろんなことが知りたいです。」
他人より知識がない。空っぽの器に思い出と少しの教えだけで子供の頃を過ごした。年の割に幼いのは本人もよく分かっていた。それだけ何も知らないことも分かっていた。おかげでシビュラの支配する世界から逸脱した思考を持っている。幸福な選択肢を選ぶことよりも、先に何があるか分からずとも知りたいものを求める。それは本来人間がもっていた当たり前の感覚なのかもしれない。宜野座は思う。きっとここに父がいたなら彼女の背を押すのだろうと。シビュラに従う者ではなく自分の意思で全てを選択していくことは、この社会では容易ではなくなった。
「型にはまってはいられない性分だな、は。」
呆れたように笑う顔が鏡に映る。少し寂しいのかもしれない。
「でもまずは手近なものから手を付けたっていいんじゃないのか?さっき料理がしてみたいって言ってたような、ここでもできることならそれをやりきって、それから好きなところに出てくれると俺は安心なんだがな。」
の琥珀色の双眸と目が合う。先程より穏やかだ。