第3章 File:3
トレーニングルームでは昏田がスパーリングの最中で天利はランニングマシンで走り込みをしていた。
「お疲れさん。」
狡噛が声をかけると二人は声に出さずともできる動作で返事した。
「着替えてくる、ここで待っててくれ。」
「はい。」
更衣室に着替えに向かった狡噛を見送り、は部屋をぐるりと見渡した。トレーニングマシンがたくさん並んでいる。昏田はスパーリング用のドローンに息を切らしながらパンチを繰り出し、掴みかかって顔を殴り続けている。ホログラムがかかっているせいもあるが一方的に人を傷つけているようにには見えた。
彼らから距離をとってベンチに腰掛ける。
走る音、ベルトの回る機械音、グローブのぶつかる音が強調して聞こえる。
なんとなく耳を塞いだ。それでも聞こえるのでさらに耳に手を押し付ける。
飛び散る汗の音まで聞こえた気がした。
耳を塞いでいるせいかは着替えを終えた狡噛が戻ったことになかなか気が付かなかった。
名前を何度か呼んでも反応しなかったので狡噛はの手を片方、耳から離した。
急に明瞭になった周りの音にハッとして目の前の男を見上げる。
トレーニングウェアに着替えた狡噛はタオルをの頭に乗せて昏田の方へ行った。
スパーリングドローンを一旦停止させ組手をしようとしたようだ。
昏田は狡噛がこの手のトレーニングについては人並み以上にできることを知っている。激しく拒否して逃げていった。
取り残された監視官は仕方なくドローンを高レベルに設定し、一人トレーニングを始めた。
昏田の時と比べるとぶつかるグローブの音はパンと弾けていて大きい。その衝撃がより大きいものだと分かった。しかも素早い。
狡噛の鮮やかな脚技には思わず感嘆の声が出た。
ドローンはあっという間に倒れ、自動で停止したので狡噛はタオルを投げるように合図する。
が、彼女は投げずにそれを手渡した。近くで見ると狡噛はこの短時間で大量に汗を流していた。
「狡噛さんて意外と強いんですね。」
「意外とはなんだ意外とは。」
乱雑ではなく丁寧に顔から頭へとタオルを滑らすところをみると几帳面さが伺える。それがさっきドローンをボコボコにしたやつの所作とは信じがたい。
「いつ事件が起きるか分からない。常に危険に備えるためにこういう訓練も欠かせないんだ。」