第18章 楽園事件:9
部屋からは返事がない。まあいいか。扉にロックをかけて執務室へ急いだ。
人の気配がなくなった室内。なのに寝室の扉が少しだけ開き、ベッドに乗ったのが軋んだ音で分かった。ダイムだった。掛布の上から手でかくようにして起こそうとしている。は渋々体を起こした。足の付け根と下腹部が痛い。
ゆっくりベッドから降りてリビングへ行く。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して流し込んだ。気の済むまで飲んで一息つく。足元には追いかけてきたダイムが見上げている。
「何しようね?」
ダイムに話しかけても首を傾げるだけだった。
掃除をしようにも部屋の主が几帳面なので床も家具も綺麗に磨かれているし散らかってもいない。
が、脱衣所に行けば洗濯物は溜まっていた。しかもスラックスに靴下が巻き込まれたまま。適当な一面もある様子。とりあえずここかなと、は洗濯機のスイッチを入れた。
洗いから乾燥まで終えて畳んだりハンガーにかけたりするとすぐにやることがなくなった。
ダイムの散歩をしようにも勝手に出て良い雰囲気ではない。
部屋をぐるりと見渡して考えていると、なんとなく目に止まったサンドバッグ。あれはきっと宜野座のものではなかったのだろうと分かった。室内のレイアウトに対して異質すぎるからだ。それもかなり使い込まれている。そのボロボロの表面に触れてみると、持ち主がこれにジャブやハイキックを入れる姿が脳裏に浮かぶ。狡噛の物だ。懐かしい。そういえば彼の部屋の片隅にあったような気がする。彼は強かった。今はどうしているのだろう。目を閉じて思い出してみる。彼のトレーニング風景を。身のこなし、素早く繰り出すパンチ、槍のような脚技。思い出せる通りにサンドバッグに一発を入れる。まだ音が軽かった。彼ほどのパワーはない。どれほど威力があったのだろう、次々と繰出せばサンドバッグが次第に大きく揺れだし、遠心力をつけて回し蹴りを当てるとさらに揺れて壁にぶつかった。ダイムが音に驚いている。
は息を切らしていた。腕や脚が熱い。よく見ると腕の筋肉が全体的に発達している。それが次第にいつもの太さに戻っていった。ふいに唐之杜の言葉を思い出す。狡噛のゲノムを自分に加えていると言ったアレはもしかすると今の筋肉の一時的な発達と関係しているのだろうか。なら宜野座も加わっているのだろうか。
