第16章 楽園事件:7
「おい、どうした?」
嫌だったのだろうか、余計なことをしたのだろうか。宜野座は不安で心が締め付けられる。
は手で涙を拭って鼻をすすっていた。
「あの、聞いてくれますか?」
「うん?」
「阿頼耶のこと…」
「…あぁ。話してみなさい。」
珍しい、彼女から語ることは殆どない。
「阿頼耶は…センセイは。私たち親のいない子供の父親のようで、兄のようでもあって、私の…憧れでした。」
憧れ。宜野座には何か引っかかるワードだった。
「センセイが喜ぶならなんでもやろうって思ってた…。でも六花も、センセイの事が好きって言ってたから私は遠くから見てるだけにすることにしました。我慢、しました。どっちも大事だから。妹もセンセイも。それに妹の方が美人だったし、私なんかよりずっといいって思ってた。でも何年もそんなことやってたら辛くなってきて、何もかも嫌になって…何もかもどうでもよくなった!六花の事も、いなくなれって思った!だって悔しいから!センセイと、私だってもっと仲良くしたかった!一番成果が出ているのは私なんだから!センセイの中で出来がいいのは私なんだから!陰でこっそり褒めてもらってたんだから!…でも、なんでセンセイは…」
彼女自身、わけが分からなかった。憧れた彼を愛してもいるし殺したいほど憎んでもいる。会いたい、でも終わらせたい。亮一がいた頃はこれほど気持ちが乱れたりしなかった。きっと落ち着かせてくれたんだ。危なっかしい弟のようだった彼を守らなければと思えば落ち着いていられた。
そうだ。守りたいものが必要だ。は目の前の宜野座を見つめる。
宜野座は彼女が泣いたり怒ったりしながら話すのに戸惑いながらなんとか理解しようと聞いていた。は何か気づいたように瞳を大きくする。
「分かった…」
「ん?」
唱えるように言うとは裸足のまま走って部屋を飛び出した。
呼び止める隙もないほど早かった。全くコロコロと表情を変えて、動かなくなっていると思えば突然走り出して、難しいやつだ。それに何より狡噛のことなんてなんとも思っていなかったのだろう彼女の発言に不謹慎ながら笑えてくる。
「女は分からん…」