第16章 楽園事件:7
それは遠い昔、父との記憶の片隅にある泣いたときにしてもらったこと。気持ちが落ち着いて、涙が止んで不安がなくなった、だがらもしかしたら効くかもしれないと思った。の父でも兄でもないが、彼女にとって数少ない知人だ。できればその中でも特別であれば嬉しいと密かに思う。狡噛より特別であれば、と。数分背を撫でていると、呼吸が整ってきたのがわかる。背中がゆっくりと上下していた。そろそろ顔を離そうとするだろう。だからそれを拒むように腕に力を込めた。顔を見るのが不安なのかもしれない。どうしようかと内心では慌てていると細い腕が背に回って来たのが分かった。その手に自分まで慰められているかのようだった。
「ギノさん…」
腕の中で籠もった声が聞こえる。もう離さなければ。
体を離すとは幾分か落ち着いたようにみえた。良かった、それだけでも。
「私は…どうしたらいいですか?」
彼女はいつもの無表情だ。指針がないと動けず、自分で決めることもできない。誰かが示さねば。でも誰が。そんなことを自分が決めてもいいものなのか、宜野座には分からない。分からないが、何か標を差し出さないと彼女はきっと生きることさえできない。ただ生きて元気でいてくれればそれでいいのに。欲を言えば目の届くところに…。
「…ここに居なさい。」
言ってもいいのだろうか。はまだよく分かっていなさそうだ。
「ずっとここに居ればいい。」
の頬に手を添える。痩せているが肌は柔らかい。やはり女の子だ。
「でも…私公安局員じゃないから…」
「たとえ職員じゃなくてもいられる方法を考えるさ。だから…」
だからなんなのだろう。サイコパスに映らない彼女は働けない。システムの欠陥がバレてしまう。ならダイムのように繋いでおくのか。彼女の翼はそこまでじっとしていられるだろうか。もうなんでもいい。永遠まで考えてはいられない。目先の指針だけでも必要だ。
「とにかく今は、一緒にいよう。何もしなくていい。ただ生きてさえいればあとはどうにかなる。」
は頬の手を振り払う。
「そのあとが怖いんです!何も、何も見えない!どうにかなるって言っても何もしないとなんにも…!」
の言葉は途切れた。遮られた。出口を塞がれた息は留まり、やがて逆流してくる。宜野座には初めてだった。