第14章 楽園事件:5
「あまり自分を卑下するな。慣れない場所に来れば誰だって緊張する。実はな、俺もそうなんだ。」
「?」
「買い物なんて久しぶりだしな、おまけに女性を連れていくなんて、言いたくないんだがこの歳まで経験がない。だから、が困っているのにカフェに連れてきて何か飲ませるくらいしか思いつかなかった。」
彼の困ったような笑顔には戸惑う。自分はただビクビクして動けないだけだったが、彼は思いつく限りの最善を尽くそうとしてくれた。前にもそんな人が居たような。
「ギノさんも狡噛さんも同じですね。」
「ん?」
「他人のためにできることの一番をやってあげるところ。」
「あいつも、俺みたいに困ってカフェに連れてきたかな?」
「それはどうかな。狡噛さん機転の利き方がAIみたいだから。」
「フッ!確かにな。」
溢れる笑顔は鏡に映ったかのように伝染する。がやっと小さく笑った。その笑顔を懐かしく思う。
「そういえば昔、狡噛のやつを笑わせようと変顔してた時があったな。覚えてるか?」
「あれ変顔じゃなくて笑顔ですよ笑顔。本気の。」
どっと笑いがこみ上げる宜野座。
「あれは本気だったのか!」
「私あの時もうどうしようかと思いました。」
それにがつられる。彼女は笑うと目が弧を描く。普段が無表情なだけあって新鮮だった。笑うとちゃんと女性だったことに安心する。
これで少しは落ち着いてくれただろうか。少し温度の下がったコーヒーを口に含む。が同じようにカフェラテ入りのカップを口につける。アンバーの瞳は向けられたままだ。何かの宝石のように美しく輝く瞳に見入ってしまいそうになる。
「飲んだら行くぞ。時間が限られているからな。」
「はい。」
その後、最初に行った店とは違うところへ入った。
店員が構わず勧めてくるが一応一緒にいるのでにも聞くようにする。
「どっちがいい?」
「どっちもない。」
「っ!案外はっきり言うんだな…」
店員がすっかり困っているじゃないか。申し訳ない気持ちもあるが似合わないと言われるものを買うこともできない。
なんとか言い訳して断る。
「ギノさんは欲しいものないの?」
正直、漠然としている。具体的にこれというものがない。
「わからない…」