第14章 楽園事件:5
そう。実は宜野座、今日のことに余念がなかった。も恐らくはデートなんて経験ゼロだろうと踏んで念入りに予習したのだ。服装だって、どの年代の女性といても好感が持ててダサすぎず洒落込みすぎないもの。それでいて大人の男性の雰囲気も漂わせる色味選び。おじさん臭くならない爽やかな香水。まさにアルティメットスタイル。
常守は褒めてくれたがは何もふれもしない。そこはそういう奴だから仕方ないと言い聞かせるしかない。
メンズ服を扱う店は男性店員が殆どだ。カジュアルウェアの店に入れば直ぐに声をかけられる。あまりダラダラとその場で悩むのも嫌なので流行のリサーチはしてきた。畳んである服を広げてみたり、ハンガーにかかっている服を見たりする。その間はどうするのだろうかと時々彼女にも目を向けた。手には取らないものの洋服を眺めている様子ではある。離れもしないし近づきもしないが、他の男性客や店員が付近を通ったり近づこうとすると宜野座のそばにぴたりとやってくる。意外と可愛気もあったものだ。だが本人は不安そうにしている。
「大丈夫か?」
周りには聞こえないように小声で話した。
は小さく頷いたが、フードのファーの隙間から眉間にシワが寄っているのが見える。落ち着かないのだろう。
いきなりこの店に入るのは無理があったかもしれない。宜野座はに声をかけて一旦店を出た。
「見ないんですか?」
「が緊張していて落ち着きがないからな。」
と言うと彼女は肩を落とす。気にしていたようだ。
「とりあえず、コーヒーでも飲みに行こう。」
は黙ったまま宜野座のすぐ後ろをとぼとぼ着いていった。同じフロアの端にあるカフェで二人は一息つく。
宜野座はホットコーヒー。はホットカフェラテを。
「すみません…」
は一口飲むなり謝罪する。何に対してなのかまだ宜野座には分からない。
「普通の人みたいにしようとしてるんですけど、上手くいかなくて…」
「普通の人?なぜそんなことを…」
「だって、私みたいな場違いな人間がいることで周りに迷惑がかかるんじゃないかって…」
カフェラテの紙カップを両手で包む彼女の手は細く白く、どこか弱々しい。思っていたより彼女は自分という存在に悩んでいるようだ。