第11章 楽園事件:2
「楽園の住人となるためだよ。」
背後で声がして二人は振り向いた。センセイ、阿頼耶はすぐ後ろで立っていた。夢中になりすぎて気が付かなかったのか。だとしてもも亮一も耳がいい。気が付かないことの方が変だ。
「シビュラシステムで支配されたこの国。うんざりしないか。生とはもっと自由であるべきだ。」
阿頼耶は絶妙な距離を保ちながらの周りを歩きだした。まるで獲物にいつ襲いかかろうかとタイミングを見ているようだった。
「これだけ技術は発展したのに人はサイボーグにしかなれない。身体を捨てて特殊金属で覆うより、骨と血と肉の身体が理想的なはずだ。生命とはそういうものだから。そして人間は一つの姿に固執しすぎた。僕らは長いこと進化をしていない。進化の術を知らなかったからだ。だが、ようやく見つけた…。」
阿頼耶の目は暗い部屋でも光って見えた。怪しく笑う姿には息を飲む。
「君だよ。君の遺伝子はとても優秀だった。唯一僕の願望を叶えてくれた。でもそれを誰にでも与えられなければ意味がない。だから六花に頼んだんだ。」
どうしてそこで妹の名前が出てくるのか。それはすぐに明かされた。
「の実の妹、六花の遺伝子情報を使って他の子でも動物因子が馴染むようにした。その成功例が彼だよ。」
亮一は睨みを解かないが困惑していた。薬を打つたび自分がなくなる感覚。あれば六花のものだったのかと。
だが薬はここ数年の間に打つようになった。六花はその何年も前に治療が上手くいかずに死んだと聞いた。時系列がおかしい。
「センセイ…六花に何をしたの?」
違和感、嫌悪、疑念。それらが阿頼耶へ向けられる。
阿頼耶はパソコンの電源を落とした。彼の目が暗闇で光る。
「僕は遺伝子を分けてくれって頼んだだけだよ。六花はそれにうん、と言ってくれた。ただそれだけだよ。」
そう言うなり阿頼耶は駆け出して部屋を飛び出した。
亮一とは反射的に追いかける。建物を出て迷路のような路地を走り抜けた。亮一は脚には自信があった。を追い越して阿頼耶を追うが奴はもっと早かった。やがて行き止まりに差し掛かるも阿頼耶は高いビルの壁をものともせずに登り、姿を消した。