第11章 楽園事件:2
気がついた時にはいつもの部屋に戻っていた。何があったか思い出そうとすると頭痛がした。六花が心配してくる。それがまた辛かった。妹にとっては大好きなセンセイだ。だから悪く言ったりはできない。そうしているうちに自分で自分を洗脳させるようになった。治療は上手くいっている、もうすぐ出られるのだ、と。そしてある日、またあの綺麗な部屋に連れて行かれた。今度は六花も一緒だった。六花はセンセイが特別に褒美をくれると喜んでいた。だがには恐怖しかなかった。当時のはそこから記憶がなくなって、ただ路地を走っているところから始まった。やがて狡噛に保護された場面だ。その空白の時間にはわけがある。はあの時、本当に思い出せなかった。だが、狡噛の元を離れた後のこと。は本能に従って帰った。腕は翼になり、胸は大きく張り、上顎と下顎は突き出して鋭く尖り嘴のようになる。体中を羽毛が覆い、窓を突き破って必死で飛び立った。初めての飛翔。風に上手く乗れずによろよろと危なかったがすぐに慣れた。そのまま元の場所へ帰った。センセイは屋上で待っていた。「お帰り」と頭を撫でる手は優しかったのを覚えている。それから新しい部屋を与えられ、はそこで一人時間を過ごした。センセイは検査と言って時々現れるが血液の採取をするだけでとくに他にはなかった。六花のことは聞いても会わせてくれなかった。どうも体の具合がよくないらしく個室にいるとだけ聞かされた。そうしてぼんやりと何年もまたそこで過ごした。だがある時、突然昔の事が蘇った。狡噛と出会う直前のことだ。沢山の血と怯える六花の顔を。当時の感触までも思い出してくる。骨を砕き、指に肉が刺さる感触だ。はあの部屋にいた男を殺していたのだと悟った。そして怯える六花を連れてセンセイは逃げた。それを追わずに自分だけ逃げ出した。思い出したくなかったせいで記憶を閉ざしたのだろうか。そこから罪悪感に苛まれた。でも六花が心配でたまらない。傷などつけていないだろうか。どうしても会いたくなって部屋を抜け出した。そして六花の部屋を探す途中で見つけたセンセイのラボで彼女の全ては変わった。