第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
「どうだ、聞こえるか」
「っ、う、」
実弥の唇が、すううと呼吸の音を鳴らした。
「···いいかァ星乃。俺の鼓動に集中しろよ。呼吸を戻せ。今、お前は俺だけを感じてりゃァいい」
「ん、っ」
言われた通り、星乃はひたすらそれだけに耳を傾けた。同時に呼吸を整えながら全集中を高めてゆく。
迅すぎず遅すぎない実弥の心音は規則的で乱れない。とても心地のよい音だ。
少々あらわになっている胸もとからは、それがより直接的に星乃の耳に届いてくれる。
鼓動だけではない。
星乃を柔く包む体温も、背や頭部を撫でる掌も、少しづつ整ってゆく呼吸に対し「そうだ」「上手ェぞ」「その調子だ」と寄り添う言葉も、すべてが星乃を掬い上げてくれている。
身体の末端に熱が戻ってゆく感覚に安堵し、気分も少しずつ安らいでゆく。それは呼吸が整ってきたからなのか、それとも実弥に包み込まれているからなのか。
どちらとも、かもしれない。
( ああ···そういえば私、昨日から、一睡もしていなかった······ )
自覚をするとたちまち襲ってくる睡魔。
うつら、うつら。
まぶたがどんどん重くなる。
だめ···。だめ···。寝ちゃ、だめ······また、実弥に······迷惑がかかってしまうわ······。
「星乃」
全集中常中が違和感なく巡りはじめたことを確認し、実弥は星乃に呼びかけた。
しかし、返事がない。
星乃、と再び呼ぶ。
やはり、返事はない。
星乃を支える身体がさきほどよりも明らかに重くなっていることを察するに、もしや。
「···おい、星乃」
耳を澄ませば、「···すぅ」と寝息がしているではないか。
「て、てめ、このやろ···っ」
思わず叩き起こそうとして、留まった。
あんなことがあった後だ。おそらく訃報を聞いてから眠れていなかったのだろう。顔色も優れなかった。
だがふと我に返ると甚だとんでもない状況であることに気づいてしまう。星乃の呼吸を安定させることに必死で気にかけてなどいられなかったが。
まず、この構え (体勢) がやべェ···のだ。