第23章 きみに、幸あれ
星乃は白無垢。
翌日は寫眞館へ出向き、洋装の"どれす"を着て記念寫眞を収める段取りとなっている。(ちなみに本日産屋敷邸に足を運んでくれた寫眞師の店である)
憧れの花嫁衣装に浮き立つ気持ちはもちろんのことながら、その実、実弥の正装を拝めるほうが楽しみであることは秘密だ。
喧騒さえ心地がよかった。
お返しの品はなにがいいかしらと考え込む星乃の傍ら、実弥は穏やかな心持ちで宙を仰いだ。
天秤棒に吊るした風呂敷包みには、天元からの祝いの品や義勇のおはぎをくるんでいる。
不思議なもんだなァと、身に染みて思う。
伴侶という存在に巡り合い、子を授かるなど昔は想像もしていなかった。
( ······なァ、玄弥 )
空に向かって呼びかける。
もうすぐ、俺は子の親になる。
ぴたりと寄り添う星乃の頭をぽんぽんと優しく弾くと、「? なあに?」
不思議そうに小首を傾げた美々しい双眸がこちらを見上げた。
日に日に母のそれになってゆく星乃の姿は、美しさが増したように思える。
俺は、ちゃんと幸せだ。
だから、安心してくれていい。
( ありがとうなァ )
もう一度、実弥は空に向かって柔らかく微笑みかけた。
刻は安穏に流れゆく。
新緑の季節の訪れ。昨年よりも少しだけ短かった梅雨が過ぎ去り、外 (おもて) で遊び回る幼子たちの、笑い声響く時間が延びてゆく。
見るもの、聞くもの、触れるもの。何気ない日常のすべてに心の底から幸福を感じる時間が過ぎた。
移りゆく四季折々を慈しみ、取りこぼすことなく双眸に焼き付けた。
互いの鼓動やぬくもりが、ただ愛しくて、大切でしかたなかった。
その後、汗ばむ暑さに、打ち水で庭先を濡らす毎日を送る頃のこと。
飛鳥井の屋敷の奥の間で、小さな赤子が呱呱の声をあげた。
蝉時雨の降りしきる、
よく晴れた夏の日だった。