第23章 きみに、幸あれ
「お前に星乃を頼むと言ったのは、実弥になら星乃を任せてもいいと思ったからだ。俺はあのとき、心から、お前と星乃がそうなることを望んだんだ」
笑顔が、言葉が、心に染み渡ってゆく。
じくりと眼裏に生まれる灼熱。実弥はぐっと涙を堪えた。
親友の顔だ。双眸を見ればわかる。伝わる。匡近の真っ直ぐな眼差しに、嘘偽りは映らない。
「言っただろ? お前は幸せになるんだぞって。俺は、実弥と星乃の幸せを、今も心から願ってる」
匡近の笑顔が好きだった。
最高の兄弟子で、親友で。
その想いは今でも変わらず心 (ここ) にある。
「実弥、お前は向こうへ戻るんだ。いいか、感覚を研ぎ澄ませ。なにか、現世からの道しるべみたいなものを感じないか」
言われた通りに集中し、実弥は立ったまま静かに五感を研ぎ澄ませはじめた。
今は全集中の呼吸も巡っていない。感覚でわかる。この場所にいる間、すべてから解き放たれたように、何もかもが軽かった。
しばらくすると、唐突に、実弥の鼻先をこれまでとは違った香りが掠めた。それは、実弥がよく知る香りだった。
「······蝋梅、か?」
呟く実弥に、匡近は満足そうに破顔した。
風が吹く。
あたたかく、柔い風が。すると、ふわりと上空から舞い降りてきた薄布が、実弥の肩に優しくかかった。
羽根のように軽く、半透明に虹色がかった美しい薄布。まるで、はごろものようなそれ。
「──ッ、!?」
身体が浮かび、はごろもと一体化した自分が幽体であることを自覚する。柔い風に吹かれれば、ゆらゆらと遠ざかってゆく匡近に向かって実弥は思わず腕を伸ばした。
「匡近······!」
匡近は、笑みを絶やさず実弥を見上げ続けていた。
『ちゃんと、お前の人生を、生きろよ』
『幸せに───…』
もう一度、そう言われているような、そんな気がした。
ビュオ······ッ!
「ッ"、」
突風が吹き荒れる。
そして、
ぷつん。
実弥の眼前から光が消えた。