第19章 :*・゚* 星月夜に果実は溺れ*・゚・。*:
屋敷へ戻ると、厨から灯りが漏れていた。
玄関の引き戸をそっと滑らせ土間に足を踏み入れる。
いい匂いがした。
疲弊して渇いた脳に一雫の水が落ちてきたような、吸い込んだとたん、ああこれは間違いなく美味しいという確信が身体中に優しく浸透してゆくような。
食欲をくすぐる匂いに肺が満たされ、つられて空腹感が芽生えはじめる。
屋敷内は、あの乱闘騒ぎが嘘のように穏やかな空気を取り戻していた。
稽古を終えても遠方からやって来る隊士は風柱邸の道場で寝泊まりをしている者もいる。
星乃は道場にも立ち寄っていた。玄弥と善逸に無事会えたことを炭治郎に報告しようと思った。しかしそこに炭治郎の姿はなかった。
今回の乱闘騒ぎは上へ伝わり、炭治郎と実弥は接近禁止命令が出たという。
鎹鴉を通じてこっぴどく叱られた炭治郎。彼は次の柱のところへ向かうと言って道場を出たのだと別の隊士が教えてくれた。道すがら遭遇することもなかったので、入れ違いになってしまったようだ。
炭治郎が叱られたということは、実弥もお叱りを受けたのだろうか。そんなことを考えながら、星乃は薬箱を納戸に戻し、その足で厨に向かった。
こっぴどく叱るといっても、耀哉が声を荒げたりすることはない。やんわりと注意を促すような、諭すような語り口だ。とはいえそれを伝達するのは鎹鴉の役目である。
鎹鴉の性格は人間同様様々で、厳しい物言いをする鴉もいれば柔らかな物言いをする鴉もいる。炭治郎の鴉はおそらく前者なのだろう。
実弥は竈の前に立っていた。食事の準備をしている背中は普段となにも変わりないように見える。
静かに一歩、厨へと踏み出した。
実弥は星乃の気配に気づいているはずだ。
屋敷に戻ってきたことも、今、振り向けばすぐ後ろにいることも。
それなのに、こちらを振り返ろうとはしてくれない。
心を決めて、──ぎゅ、と実弥の背に抱きつく。
まだ、怒っているかもしれない。そう思うと、緊張で若干四肢が強張った。
実弥は背中にピクリとした反応を示したものの、それきりなにも言ってくれない。