第18章 天の邪鬼のあかぎれ
「あの、飛鳥井さん、ですよね? ご無沙汰してます」
「竈門くん! 大丈夫!?」
「はは、はい······ちょっと、すみません···。俺のせいでなんだかとんでもないことになってしまって」
「ひどい怪我だわ。待ってね、今薬箱を持ってくるから」
「あ、いえ、この怪我はほとんど稽古によるものなので、って······あああ······行ってしまった」
炭治郎の言葉を待たずに、星乃は吸い込まれるように屋敷の中へと姿を消した。
「···善逸も一緒だし、大丈夫だよな」
空を仰いで独り言つ。
夕刻に導かれる桜色の雲を眺めて、炭治郎はこの場から逃がした玄弥のことを思った。
遡ること半刻ほど前、玄弥は念願の実弥との再会を果たしたのである。
炭治郎がその場に遭遇したのは偶然だった。盗み見るつもりはなかった。
玄弥のことが気がかり故に、そっと二人を見守っていた。
ようやく会えたはずの兄と弟。しかし兄は弟を拒絶した。
『俺には弟なんていねェ』
『テメェは何の才覚もねぇから鬼殺隊辞めろォ』
『呼吸も使えないような奴が剣士を名乗ってんじゃねぇ』
玄弥は、どれだけ実弥に突っぱねられてもしばし粘り強く食らいついていた。
がんばれ玄弥。
玄弥負けるな。
炭治郎は手に汗握る思いで陰ながら玄弥を鼓舞し続けた。だが『ずっと兄貴に謝りたかった』と訴える弟を、兄はなおも『失せろ』と聞く耳を持つことさえしてくれない。そして、追い詰められた玄弥はとうとう口にしてしまう。
『そんな···俺···鬼を喰ってまで···戦ってきたんだぜ···』
実弥の顔色が目に見えて変わったのはそのときだ。それは空気を介して炭治郎にも伝染し、ただ事では済まない匂いがひしひしと鼻を突いてきた。
次の瞬間だった。
実弥が二本指を突き立て玄弥に向かって突進したのだ。目にも止まらぬ速さだった。
実弥の指が玄弥の双眸に届く直前、間一髪で炭治郎が玄弥をさらった。